「そうだな……。できるならば私も、あいつの願い通りに、あいつの骨をご両親が眠る墓に納めてやりたかった」
「え……?」
と、沈黙を破った光秀が、ゆっくりと事の真相を語り始めた。
「しかし、あいつは龍神である私のそばで長い年月を過ごしすぎた。そのせいで、人でありながら、身体に神力の影響を受けていたのだ」
「神力の影響を?」
「ああ。だから、死後の骨にも僅かながら、龍神である私の神力が宿ったままになってしまった。あいつの骨は現世で生きるあやかしにとっては格好の餌となる」
龍神の神力を宿した人の骨を食べれば、下等なあやかしであろうと強力な力を得られる。
よって、現世に戻したら墓荒らしに合う可能性が高いため、政宗の母の骨は現世に還せない……ということだった。
「生きているうちに現世に帰せなかったのも、今話した理由と同じで、病により弱ったあいつの身体を、あやかしに狙われる可能性があったからだ」
思いもよらない光秀の話に、一同は返す言葉を失った。
つまるところ、『大女将が現世に帰りたいなどというのは世間体が悪い』といったことなど、光秀は考えてもいなかったということだ。
(本当は全部、政宗のお母さんを守るためだったの?)
光秀は政宗の母を、心から愛していたのだ。
「だ、だったら、最初からなんでそれを俺に言わなかったんだ!」
堪らず吠えたのは政宗だ。
我に返った花が顔を上げると、政宗は悲痛な表情を浮かべて光秀のことを睨みつけていた。
「本当のことを言えば、お前が今後迫られる選択を、惑わすかもしれないと思ったのだ」
「俺が今後迫られる選択だと?」
「ああ。お前が狭間で生きようとも、現世で生きようとも必ず迫られる選択だ。それはいつか、私のように愛する人ができて、何を犠牲にしてでもその人と共に生きてゆきたいと考えたときに……自分が相手に、大きな影響を及ぼしてしまうかもしれないという恐怖になる」
光秀の言葉に、政宗は一瞬ハッとして動きを止めた。
政宗の母は、龍神である光秀と夫婦になったことで神力の影響を受け、『自分がかつて生きた現世に戻りたい』という願いを叶えられなくなった。
ということは、龍神の力を持つ政宗もいつか、共に生きていきたいと願った最愛の相手に、同じような思いをさせる可能性があるということだ。
「私は……お前には、私やあいつと同じような思いをさせたくない。だが同時に、なんの先入観や固定概念にも囚われず、心から愛する人と幸せになってほしいとも思っている」
光秀は、息子である政宗の性格を熟知していた。
優しい政宗はきっと、自分の存在が相手の自由を奪うことになるのだと知ったら、それがどんなに恋い焦がれ、大切にしたいと思う相手であろうと自ら手を離してしまうだろう。
「お前には、お前の思うままに生きてほしい。だから今の話に限らず、お前が本当に現世で生きたいと願うのならば、それもひとつの方法だと思っている」
「なんだよ、それ……」
光秀の口から語られた真実と、親としての思いを聞いた政宗は、膝の横で拳を強く握り締めた。
「政宗……」
「結局、俺ひとりが勘違いして先走ってただけかよ」
吐き出された言葉には、強い自嘲と自分に対する蔑みが含まれている。
隣に立っていた花は、政宗の拳が僅かに震えているのを見て思わず下唇を噛み締めた。