「しかし……政宗。お前は、俺のことを嫌っているくせに、よく俺がイカが好きだなんて知っていたな」
光秀の言葉に、菜箸を置いた政宗が長いまつ毛を静かに伏せた。
「昔……母さんが、言ってたんだよ」
「母さんが?」
「親父は、イカを使った料理が好きなんだって。だから、親父が疲れているときや、祝い事があるときには必ずイカを使った料理を出すように板長に頼んでるんだって、俺がガキの頃に教えてくれた」
政宗の言葉を聞いた光秀は、ハッとして目を見開いたあと、自分の手の中にあるイカメンチへと視線を落とした。
「そうか、あいつが……。そんなことを……」
声を震わせ、小さく息を吐いた光秀は、静かに瞼をおろしたあとで苦笑する。
「そんなことにも今日まで気が付かなかった俺は、夫としては本当にダメな男だったな」
「光秀さん……」
「結局、あいつの願いも何ひとつ聞いてやれなかった。あいつには、最後の最後まで辛い思いをさせてしまった」
奥歯を強く噛み締めた光秀を前に、一同は言葉を失くして沈黙した。
「光秀さんは、どうして政宗のお母さんのお骨を、現世に還してあげなかったんですか?」
思い切って尋ねたのは花だ。
花に声をかけられた光秀はゆっくりと顔を上げると、花の顔を静かに見つめ返した。
「生前も現世に行くことを禁じられていたようですし……。お骨については、もちろん、夫婦だから同じお墓に入ると考えるのが普通だってこともわかりますけど……。でも……」
その先に続く言葉は、花も口にすることはできなかった。
自分が生きていた世界に帰りたい、帰してほしい。
そう願う相手の声に耳を傾けず、すべてを取り上げるようなやり方は絶対に間違っているはずだ。