「……やっぱり甘いな」


 八雲は甘いものが苦手だ。ただし、甘酒を除いては──などと考える余裕は、今の花にはない。


(い、い、い、今の何……⁉)


 花は目を見開き、コケシのように直立して固まった。

 反対に、心臓は早鐘を打つように高鳴っている。

 きっと今、顔は茹でたタコのように真っ赤だろう。

 気を抜いたらピンと手足を伸ばしたまま、後ろにひっくり返ってしまいそうだった。


「……どうした、熱でもあるのか?」


 そんな花の挙動を不審に思ったらしい八雲が、きょとんとして首を傾げた。

 無自覚とは、なんて罪なことだろう。

 八雲は何気なくしたことなのだろうが、やられたほうはたまったものではない。

 何故なら八雲は、誰もが見惚れる容姿を持つ色男なのだ。

 先ほどから老若男女、特に観光客らしき女性たちがすれ違いざまに目を奪われるほど、八雲はひどく整った顔立ちをしていた。

 身長も、優に百八十センチを超えている。

 長い手足も、清潔感のある黒髪も……。浮世離れした姿容(しよう)は、本人にその気がなくとも否が応でも人目を引く。


(改めて、嘘でも自分がこんな人の嫁候補だなんて、信じられない……)


 花が八雲の嫁候補兼つくもの仲居となった経緯は複雑だが、今の花の胸のうちはそれ以上に複雑だった。

 出会った頃は互いに会話をするのも憚られるほど険悪な関係だったのに。

 けれど今、花は八雲に対して少なからず好意に近い感情を抱いている。