「お姉ちゃん、また新しいの買うから美織ちゃんにあげる」


すると、くるりと振り向いた美織ちゃんは、
「ありがとう!」
満面の笑みを浮かべて喜んだ。

ほら、これで誰も損をしない。
早苗さんだって中断していた料理を再開することができる。
さっきまでへの字になっていた美織ちゃんは、すっかり明るく花を咲かせる。


「でも、七海ちゃん」
「いいの。…それもう古かったし」


なんて、ほんとは言い訳にすぎない。
そのブレスレットは、私が一番大切にしていたものだ。
病気で亡くなったお母さんに最後にもらったプレゼント。
今までずっと肌身離さず、学校へ行くときは必ず身につけた。
それが私のおまもり代わりだった。

それ私のだから返して、と叫びたかった。
けれど、相手は三歳の妹だ。
無理やり取り返したらきっと泣いてしまうに決まってる。
そしたら早苗さんだって困るでしょ。


「それ大切に使ってくれる?」
「うんっ!」
「じゃあよかった」


美織ちゃんの頭を撫でた私は、立ち上がり、キッチンから出て行く。
七海ちゃん、と早苗さんの声が聞こえたけれど、私は立ち止まることができなかった。
背を向けた私の顔は、今誰にも見せることができそうにない。


「ママ、これつけてー!」


美織ちゃんの悪気のない声が聞こえてくる。
それは私のブレスレットだったの。
私が大切にしていたものなの。
それをどうして私が譲らなければならなかったのか。
ほんとはすごく悔しかった。

だからこそ一秒でも早くこの場を投げ出したかった。


部屋へ戻るとベッドへ顔を埋めた。

ポンッ、ポンッと布団を叩く。
そのたびにベッドは振動する。
悔しくて、どこにも向けることのできない感情が牙を剥く。