思いついたときは、信じられなかった。
でも、やっぱり、真実だった。
マスターが恋した女性の、生まれ変わりが──自分。
記憶の中で見たあの女性は、十九年と少し前の、未桜自身だったのだ。
そう思うと、全部腑に落ちる。
幼い頃から、なぜだかカフェという場所を特別に感じていたことも。
来世喫茶店を一目で気に入ったことも。
無理に頼み込んでまで、ここに滞在したいと願ったことも。
来店予定者リストの不具合とアサくんの見逃しにより、余命を二年も早く告げられるという、普通ならありえないようなミスが起こったことも。
そのタイミングが、未桜の「カフェで働きたい欲」が最も高まっている、アルバイトの面接直前だったことも。
年齢がこんなに離れているマスターに、自分でもびっくりするほど唐突に、恋愛感情を抱き始めたことも。
コーヒーや紅茶を淹れるマスターの一挙手一投足に、いちいち胸がときめいたことも。
未桜の“魂”がずっと、ここに来たがっていたのだ。
前世の最後の最後に自分を愛してくれた、このお店の主(あるじ)の元に。
そして──。
「マスターは、だから断ったんですよね。町井加奈子さまの、親友を相席カフェラテで呼び出したいというご要望を……本部からNGが出たと嘘までついて」
「へ? 何の話?」とアサくんが首を九十度横に傾ける。
「町井さまは、アロマキャンドルによる火災事件で、今から二十年近く前の四月に親友を失くしたとおっしゃっていました。そのニュースを覚えていた長篠梨沙さまも、『あたしが九歳の頃に──』と。二十八歳の長篠さまが九歳ということは、今からちょうど十九年前ですよね」
十九年前。
未桜は今、十九歳だ。
「その火事で亡くなった小山内(、、、)砂羽(、、)さん(、、)の(、)生まれ変わり(、、、、、、)が(、)、私(、)──八重樫(、、、)未桜(、、)なん(、、)じゃ(、、)ない(、、)です(、、)か(、)?」
──町井さま、申し訳ございません。小山内砂羽さんですが、現在、相席カフェラテで呼び出せない状況にあるようです。
あのとき、マスターはそう言っていた。
その本当の理由は──相席カフェラテで小山内砂羽を呼び出そうとすると、同じ店内にいる未桜の魂に影響が出てしまうから。
「……ですよね?」
長い長い沈黙が、二人の間を行き過ぎた。
マスターは、未桜を見つめたまま、唇を震わせていた。
そして、諦めたように小さく息をつき、肩の力を抜いた。
「そのとおりだ。砂羽が──いや、君が──未桜さんが、僕の最愛の人だよ」
ストレートな言葉に、胸がドクンと波打つ。
砂羽ではなく、きちんと今の名前を呼んでくれたことが、素直に嬉しかった。
やっぱり、気のせいではなかったのだ。
未桜の性格を好きと言ってくれたことも。
バースデーサプライズをしてくれたことも。
頭をぽんぽんと撫でてきたことも。
手を握ったまま、しばらく離そうとしなかったことも。
彼は出会ったときから、一直線に見てくれていたのだろう。
生まれ変わって、姿かたちが別人になっても、それだけは変わることのない、未桜の奥底にある“魂”を。
「最初から、気づいてたんですか?」
「そうだよ」
「私が……猪突猛進の巻き込み型で、押しが強くて、天然だから? 人になかなか心を開けないから? 弱みをさらけ出すのが苦手だから?」
加奈子から親友の砂羽について聞いたときの、「未桜さんみたいですねぇ」というアサくんの無邪気な感想を思い出しながら、おずおずと尋ねる。
優秀なバイオリニストでキャリアウーマンだった小山内砂羽と、ごく平凡な自分の“魂”が同一だなんて、なんだか夢みたいな話だけれど、考えてみれば思い当たる節はいくつもあった。
例えば、性格の共通点。未桜に対して最初から好意的だった、マスターの態度。
──八重樫さんの押しの強さは一級品だ。
──念のため断っておくけど、褒め言葉だよ?
──ああ、やっぱり頼もしいな、未桜さんは。それほど立ち入った事情を、お客様から難なく聞き出すなんて。
──僕は未桜さんのそういうところがすごく好きなんだよ。だからここで働いてもらおうと思ったわけだし。
「いや、さすがに性格だけじゃ分からなかったな」
意外にも、マスターはゆるゆると首を横に振った。
「確かに未桜さんには砂羽との共通点がとても多いけど、人格形成には後天的な要因も十分に影響するからね。砂羽の生まれ変わりだろうなと直感したのは、どうしても砂時計で未桜さんの記憶を消せず、ここに連れてくるしかなかったとアサくんから報告を受けたときだ。来世喫茶店のルールを捻じ曲げるような出来事は、どう考えても、ルール破りからしか生じえない」
「……ルール破り?」
「メモリーブレンドを、わざと濃く淹れたことだよ。何十年後でもいいから、もう一度ここで会いたいという期待を込めて、あのとき砂羽に飲んでもらったんだ。もちろん彼女だってそれを望んでいたけど、いくら双方の合意があったとしても、故意にカフェイン含有量を多くするなんてことは、来世喫茶店の店主として本当は絶対にやってはいけない。“生ける人”である未桜さんの来訪を本部に報告せず、僕がこの件を預かったのも、このためだよ」
マスターは、ぽつりぽつりと語った。
でも、やっぱり、真実だった。
マスターが恋した女性の、生まれ変わりが──自分。
記憶の中で見たあの女性は、十九年と少し前の、未桜自身だったのだ。
そう思うと、全部腑に落ちる。
幼い頃から、なぜだかカフェという場所を特別に感じていたことも。
来世喫茶店を一目で気に入ったことも。
無理に頼み込んでまで、ここに滞在したいと願ったことも。
来店予定者リストの不具合とアサくんの見逃しにより、余命を二年も早く告げられるという、普通ならありえないようなミスが起こったことも。
そのタイミングが、未桜の「カフェで働きたい欲」が最も高まっている、アルバイトの面接直前だったことも。
年齢がこんなに離れているマスターに、自分でもびっくりするほど唐突に、恋愛感情を抱き始めたことも。
コーヒーや紅茶を淹れるマスターの一挙手一投足に、いちいち胸がときめいたことも。
未桜の“魂”がずっと、ここに来たがっていたのだ。
前世の最後の最後に自分を愛してくれた、このお店の主(あるじ)の元に。
そして──。
「マスターは、だから断ったんですよね。町井加奈子さまの、親友を相席カフェラテで呼び出したいというご要望を……本部からNGが出たと嘘までついて」
「へ? 何の話?」とアサくんが首を九十度横に傾ける。
「町井さまは、アロマキャンドルによる火災事件で、今から二十年近く前の四月に親友を失くしたとおっしゃっていました。そのニュースを覚えていた長篠梨沙さまも、『あたしが九歳の頃に──』と。二十八歳の長篠さまが九歳ということは、今からちょうど十九年前ですよね」
十九年前。
未桜は今、十九歳だ。
「その火事で亡くなった小山内(、、、)砂羽(、、)さん(、、)の(、)生まれ変わり(、、、、、、)が(、)、私(、)──八重樫(、、、)未桜(、、)なん(、、)じゃ(、、)ない(、、)です(、、)か(、)?」
──町井さま、申し訳ございません。小山内砂羽さんですが、現在、相席カフェラテで呼び出せない状況にあるようです。
あのとき、マスターはそう言っていた。
その本当の理由は──相席カフェラテで小山内砂羽を呼び出そうとすると、同じ店内にいる未桜の魂に影響が出てしまうから。
「……ですよね?」
長い長い沈黙が、二人の間を行き過ぎた。
マスターは、未桜を見つめたまま、唇を震わせていた。
そして、諦めたように小さく息をつき、肩の力を抜いた。
「そのとおりだ。砂羽が──いや、君が──未桜さんが、僕の最愛の人だよ」
ストレートな言葉に、胸がドクンと波打つ。
砂羽ではなく、きちんと今の名前を呼んでくれたことが、素直に嬉しかった。
やっぱり、気のせいではなかったのだ。
未桜の性格を好きと言ってくれたことも。
バースデーサプライズをしてくれたことも。
頭をぽんぽんと撫でてきたことも。
手を握ったまま、しばらく離そうとしなかったことも。
彼は出会ったときから、一直線に見てくれていたのだろう。
生まれ変わって、姿かたちが別人になっても、それだけは変わることのない、未桜の奥底にある“魂”を。
「最初から、気づいてたんですか?」
「そうだよ」
「私が……猪突猛進の巻き込み型で、押しが強くて、天然だから? 人になかなか心を開けないから? 弱みをさらけ出すのが苦手だから?」
加奈子から親友の砂羽について聞いたときの、「未桜さんみたいですねぇ」というアサくんの無邪気な感想を思い出しながら、おずおずと尋ねる。
優秀なバイオリニストでキャリアウーマンだった小山内砂羽と、ごく平凡な自分の“魂”が同一だなんて、なんだか夢みたいな話だけれど、考えてみれば思い当たる節はいくつもあった。
例えば、性格の共通点。未桜に対して最初から好意的だった、マスターの態度。
──八重樫さんの押しの強さは一級品だ。
──念のため断っておくけど、褒め言葉だよ?
──ああ、やっぱり頼もしいな、未桜さんは。それほど立ち入った事情を、お客様から難なく聞き出すなんて。
──僕は未桜さんのそういうところがすごく好きなんだよ。だからここで働いてもらおうと思ったわけだし。
「いや、さすがに性格だけじゃ分からなかったな」
意外にも、マスターはゆるゆると首を横に振った。
「確かに未桜さんには砂羽との共通点がとても多いけど、人格形成には後天的な要因も十分に影響するからね。砂羽の生まれ変わりだろうなと直感したのは、どうしても砂時計で未桜さんの記憶を消せず、ここに連れてくるしかなかったとアサくんから報告を受けたときだ。来世喫茶店のルールを捻じ曲げるような出来事は、どう考えても、ルール破りからしか生じえない」
「……ルール破り?」
「メモリーブレンドを、わざと濃く淹れたことだよ。何十年後でもいいから、もう一度ここで会いたいという期待を込めて、あのとき砂羽に飲んでもらったんだ。もちろん彼女だってそれを望んでいたけど、いくら双方の合意があったとしても、故意にカフェイン含有量を多くするなんてことは、来世喫茶店の店主として本当は絶対にやってはいけない。“生ける人”である未桜さんの来訪を本部に報告せず、僕がこの件を預かったのも、このためだよ」
マスターは、ぽつりぽつりと語った。