それから三週間後、佳亮は実家に戻っていた。薫子と、望月が一緒だ。東京の待ち合わせ場所に望月が来たから何事かと思ったら、薫子の話に一枚噛んでいるらしい。佳亮はその内容を聞かせてもらえず、新幹線の中で打ち合わせをする薫子と望月に少しやきもきしたけど、薫子を信じることにした。
両親の時間が空く十五時に帰宅する。薫子と望月と一緒に居間で両親と対面した。両親からは、この前薫子に向けた敵意のようなまなざしは感じなかったが、薫子はまず両親に頭を下げた。
「今日はお時間取って頂いてありがとうございます。まず、過去に大滝がご両親の事業に水を差したことを、心からお詫び申し上げます」
今日の薫子は以前此処を訪れた薫子と違っている。目には強い光が宿り、仕事をする女の顔だ。
「大瀧の所為で、こちらの旅館を急遽不慣れなこの土地に建てなくてはならなくなったと、この前お伺いしました。そこでお話があります。こちらの旅館の内装と付加価値のあるサービスを、ご提案させて頂けませんでしょうか」
「内装とサービス?」
父が口を開いた。
「はい。失礼ながら、ホームページで旅館の画像を拝見させて頂きました。移転を急がれたようですので、その時から変わっておられないと思います。お客様に最もアピールするべき客室の内装を、私に手掛けさせてください」
「なんやと?」
両親の驚きに、薫子は明朗に応える。
「私はリゾート施設の内装を手掛ける会社で働いております。良いお仕事をさせて頂くとお約束します。是非、この旅館の未来を手伝わせてください」
言い切って鞄から出した内装デザインの書かれた資料を4枚ほど出すと、薫子は畳に額が付くかと思うほど頭を下げた。隣の望月が口を開く。
「私はホテルサービスをご提供する会社に勤めております。今回、近隣の飲食店からご協力を得ることが出来ました。そのお店の方たちとコラボして、この旅館にお泊り頂く方だけではなく、新しいお客様を掘り起こしてみませんか?」
展開される話に、佳亮もびっくりだ。まさか奈良の小さな飲食店にまで手を回しているとは知らなかった。薫子が更に言葉を継ぐ。
「地の利が悪いとおっしゃっておられましたが、ここまで足を延ばされたお客さまにはこの旅館の窓から見える景色をお楽しみいただけます。観光地らしかぬ自然の残った美しい風景。遠景に五重塔。そこで供される、地元ならではのランチやスイーツ。……つまり、デイユースを取り込むのです」
「し、しかし、お泊り頂かんことには、経営は苦しい」
父の言葉に薫子はにっこりと微笑んで言葉を継いだ。
「勿論、デイユースは足掛かりにすぎません。顧客の半分以上を失われた分は新規のお客様を確保せねばなりません。部屋は見違えるほど良くします。ご両親のおもてなしさえあれば、きっと二度目はご宿泊に違いありません」
そこまで言われると、自分たちの力を信じてないとは言えないのだろう。父がううむ、と唸った後、しばらく沈黙し、そして母に目配せした。
「しゃあない。そこまで言われて自分らの力、信用出来ひんなんて言われへん。大船に乗った気持ちで任せてみるわ。大滝さん、この旅館をよろしゅう頼んます」
父の言葉に薫子の表情がぱっと明るくなる。望月も安堵したようでほっと息を吐いていた。
「薫子さん、望月さん。うちの為に、ありがとうございます……」
佳亮は二人に対して深々と頭を下げた。
「や、止めてよ、佳亮くん。今までうちが関わった事業の中で、こうして犠牲になった人たちが居たんだと、改めて分かったわ。だから私たちは胡坐をかいてちゃいけない。そう知れて、勉強になったのよ。お礼が言いたいのはこちらだわ」
「僕も、今回の話はいい経験になった。悪い話ばかりではなかったよ、杉山くん」
望月にまで言われてしまうと、本当に困る。この恩をどう返せばいいのか分からない。
「そんなの、薫子さんを幸せにすることでしか返せないだろう。君は知っている筈だ」
この二人には敵わないな。本当にそう思う。それでも安心した様子の薫子が微笑んでいたので、佳亮も両親に向かい直った。
「おとん、おかん。薫子さんとの交際、認めてもらえますか?」
佳亮の言葉に母が苦笑する。
「あんた、このやり取りを見て、認めんなんて言葉、出てくると思うてへんやろ」
「大瀧さんには改めて奈良に来てもらいたい。……新しくなった部屋に客として泊って欲しい」
父の言葉に薫子が是非、と頷いた。……少し、薫子の目じりに光るものを見てしまったけど、言わなかった。