薫子はまず、樹に大谷建設が佳亮の両親の旅館の立ち退きを迫った事実があるのか教えて欲しいと頼んだ。そして樹から、経営する会社のデータの中から、その事実があることを教えてもらった。

(本当なんだわ……。じゃあ、住み慣れた土地を離れなければならなかったご両親のお怒りは尤もだわ……)

それでも、認めてもらいたい。薫子に出来ることは、一つしかなかった。

薫子の仕事はリゾート施設の内装の提案と、工事の発注・施工だ。それに加えて頼りたいところがある。電話を掛けてみると、彼は直ぐに出てくれた。

「もしもし、佑さん。夜分に恐れ入ります、薫子です。実は、折り入ってお願いしたいことがあるんですが……」



二週間後に会った薫子は、少し神経が鋭敏になっているようだった。

「……薫子さん、両親のことを気にされてるのなら、僕が何とか説得するので、あまり気にしないでください。両親も良い大人ですし、何時までも意地を張っているわけではありません。薫子さんには薫子さんの良いところがあるので、それを僕がちゃんと説明してますから」

あれ以来、両親と何度となく連絡を交わした。両親、特に母は佳亮が女の子に振られまくっていたことを気にしていたので、恋人の存在自体は喜んでくれた。過去のしこりを何時までも抱えているのではなく、先を見据えて話をして欲しい。それに繋げるために、薫子と過ごした時間のことを少しずつ伝えている。悪い人ではないと分かってくれているようで、しかし最後には、でもな、と言われてしまうのだが、もう少しだと思う。

「うん、ありがとう。でも、大瀧がご両親のプライドに傷をつけたのなら、私はそれを償わなくてはならないわ。……今、考えていることがあるの。もう少しこっちで話がまとまらないと話せないけど、まとまったらご両親にも聞いていただきたい話なの。その時に、もう一度お会いすることは出来るかしら」

薫子の頑張りに脱帽する。男に任せきりにするのではなく、自分で道を切り開こうとする薫子は、やっぱり会社の運命を立派に背負ってきた社長だし、大瀧の名に恥じないよう生きてきた、大滝薫子一個人だ。

「言うてください。必ず話が出来るよう、セッティングします」

佳亮の言葉に薫子はほっとした様子で微笑んだ。自分の隣でこうやって微笑んでいてくれるだけで良いのにな、と佳亮は思った。