窓が開けられて春の風が部屋に入る。朗らかな心地の部屋で、花見が始まろうとしていた。
「ところでその脇に抱えておるのはなんじゃ」
白樺と平田がテーブルに用意した軽食を前に、宗一が問うた。窓の外に見える枝垂れ桜が見事だが、そんなことにも構えない程、佳亮は緊張していた。
「あ……っ、これは……」
宗一の為に酸味を利かせたおかずを含むお弁当を持ってきた。しかし、テーブルにはきれいなオードブルが用意されてしまっている。流石に出すのも恥ずかしいと思っていると、宗一は見せてみろと言った。恐る恐るテーブルの上に二重のお重を出すと、ふたを開けた。
上の段には、紫蘇や刻んだ梅を混ぜたおにぎり。きんぴら、野菜の酢漬け、茹でた鶏肉の中華味にも酢を少々。から揚げにはレモンを添えて。卵焼きには紫蘇を混ぜて。そして筑前煮も酢を含ませてさっぱりと。
下の段には、甘い玉子焼き、ケチャップライスを薄い玉子焼きで包んだ茶巾包み、ラディッシュのマリネ。ポテトサラダにハムとミニトマトの串刺し。ブロッコリーのグラタン、小さく作ったレンコンハンバーグ。
宗一の好みは聞いていたが、雄一と祥子の好みが分からなかったので下の段は少し洋風にした。
「ほう、これは見事だ。おひとりで作られたのかな?」
「あ、はい。僕は料理しか得意なことがなくて……」
どれ、と言って宗一が真っ先に筑前煮のレンコンを頬張る。もぐもぐと宗一の口がレンコンを咀嚼するのを、じっと見てしまった。
「……んむ。美味い。ばあさんの味とは違うが、さっぱりとしておって食べやすい」
「ほ、本当ですか」
そう言ってもらえるだけで嬉しい。流石に味の再現は出来なかったようだが、それでも好みの味に仕上げられたのは嬉しい。お父さま、と咎める祥子に、お前も食べてみなさい、と宗一が勧めている。祥子がしぶしぶ玉子焼きを食べたのを見届ける。
「ん……。……あら、懐かしい味。子供の頃におかあさまが作ってくださった味だわ」
「うん、この玉子焼き美味しいわ、佳亮くん」
「レンコンハンバーグはビールのつまみにも良さそうだ」
祥子に続いて薫子や樹も手を伸ばす。みんな口々にお弁当を頬張ってくれて嬉しい。窓の外には大きな枝垂れ桜の枝が揺れている。白樺の平田もにこにことその様子を見ているところへ、雄一が口を開いた。
「……さて、お養父さまが良くても、杉山くんのご両親が何と言うか、ですよ。もし薫子を傷付けるようなことを言う方でしたら、そんな人が居る家へ薫子を嫁がせるのは、私は許しませんけどね」
「それは薫子が何とかすることじゃ。儂らが出しゃばる場面じゃないじゃろう」
ほっほ、と宗一が顎髭を撫でた。佳亮は薫子と顔を見合わせることしか出来なかった。