誘われた花見の当日、佳亮は手に弁当と菓子折りを持って大瀧家を訪ねた。あの延々と続く白い壁を見ながら屋敷の正面に回り込むという行為だけで、精神的に疲れてしまった。

インタフォンを鳴らすと男の声で応答があり、門が開いた。さらに、以前佐々木が運転してくれた道を歩いて玄関まで来る。すると玄関から白樺が迎えに出てくれた。

「ようこそおいでくださいました、杉山さま」

「お邪魔します、白樺さん」

挨拶をすると、屋敷の中へと案内される。赤の絨毯が延べられた廊下は以前薫子の部屋を訪れた方とは逆に、階段の脇を通って右に折れた。

四つ目の部屋のドアの前で白樺が立ち止まり、扉をノックした。

「杉山さまがおいでです」

白樺の品の良い声でドアが開くと、其処には薫子が居た。

「いらっしゃい、佳亮くん。どうぞ入って」

薫子は今日もパンツ姿に身を包み、それだけで安心できる。ここで以前のようなワンピース姿で出迎えられたら、佳亮は早くも緊張を強いられるところだった。

「お邪魔します」

佳亮はそう言って招かれた部屋の中に入った。当たり前だが部屋の中も広い。応接間とサンルームを合わせたような作りになっており、白を基調とした広々とした作りで、天井まで取られた窓からは春の日差しが差し込んで部屋全体が明るい。

部屋の中央にしつらえられてあるソファセットに、八十くらいの顎髭が立派な老人、そして壮年の夫婦が座って居て、その後ろに背の高い青年が居た。佳亮は取り敢えず頭を下げる。

「初めまして、杉山佳亮と申します。この度はお誘いいただきありがとうございます」

佳亮の挨拶に歩み出てくれたのは夫婦の後ろに立っていた青年だった。

「やあ、会えてうれしいよ。僕は大瀧樹。薫子の兄だ。こっちは父の雄一(ゆういち)と母の祥子(さちこ)、そして祖父の宗一(そういち)だ」

樹の紹介に頭を下げる。宗一は微笑みを浮かべていたが、雄一と祥子は佳亮を冷ややかな目で見ていた。

「ようおいでなすった。まあ、君も掛けなさい」

宗一がそう言って、自分の向かいのソファを勧める。佳亮は薫子や樹と一緒にソファに座った。

「あの、これ、皆さんで召し上がってください」

そう言ってまずは菓子折りを差し出す。銀座の有名和菓子店の羊羹だ。定番だけど知らない相手に持って行くならこういうものの方が良い。テーブルに差し出した包みを見て、祥子が口を開く。

「まあ、薫子。佑さんとのお話を断ったというから、どんな青年かと思っていたのに、なんて平凡な男性なの」

「お母様」

「それに、佑さんだったらわたくしの好きなゼリー寄せを持ってきてくれたに違いないわ。そう言う気配りが、この方にはないのね」

「お母様」

うう、早くも針のムシロ状態だ。膝の上でぎゅっと手を握って耐えていると、宗一が、まあまあととりなす。

「佑くんとは付き合いの長さが違うじゃろう。杉山くんが悪いわけではないわな」

人好きする笑みを浮かべて、そう言ってくれる。この場で笑みを浮かべてくれるだけでなく気遣いの言葉までかけてもらって、佳亮はほっとする思いだ。

「今度お伺いするときは、ゼリー寄せを持ってきます。存じ上げず、申し訳ありませんでした」

「まあ。厚顔だこと。二度目があるとお思い?」

薫子が祥子を諫めているが、彼女の苛立ちは収まらないようだった。

「わたくし、彼を息子と呼ぶのは嫌よ。お父さまも肩を持ってばかりいないでくださいな」

「ふむ。しかし杉山くんは良い青年じゃよ。杉山くん。この爺の顔に見覚えはないかな?」

突然振られた話に、佳亮はきょとんとする。宗一と前に会ったことがあっただろうか?

そう思って宗一の顔を見ていると、ふと思い出す面影があった。顎髭豊かなおじいさんに、コンビニのモンブランタルトを譲った記憶がある。

「あ……、あの時にお孫さんの為にモンブランを買っていかれた……?」

佳亮の言葉に宗一はにっこり笑った。

「薫子がアパートから帰ってきておると聞いて、君の顔も見てみたかったからあそこまで出向いてみたんじゃ。あの時はあとから手を出したにもかかわらず、快く譲ってくれてありがとうな」

まさか、あんなコンビニに大瀧の会長が出向いたとはいえ居たなんて、思いもしなかった。……ということは、宗一は早くから佳亮と薫子のことを知っていたのだろうか。

「薫子が急に平田に料理を習い始めたというのでな。失礼かと思ったが、調べさせてもらった。祥子、杉山くんは品行方正な良い青年じゃよ。佑くんにも劣らんと思うぞ、儂は」

「まあ、お父様!」

「おじいさま……」

娘と孫に見つめられた、宗一は、ほっほ、と笑った。