薫子が配送手続きを済ませると、佳亮は薫子にお茶に誘われた。今日の買い物の礼のつもりかと軽い気持ちで受けたら、今、とても居心地が悪いことになっている。

場所はホテルのティーラウンジ。そんな所でお茶をするのにも慣れていないし、今目の前で展開されている会話にも付いていけない。

薫子とティーラウンジで紅茶を囲んでいたら、フロアの奥から黒い三つ揃えの品の良い紳士がすっ飛んできた。そして佳亮の目の前で薫子にぺこぺことお辞儀をしている。

「大瀧さま。本日はお越しいただきまして、誠にありがとうございます」

「今日は完全にプライベートよ、溝呂木さん。そういうのはなしにして」

薫子がそう言うと、そうですか、と言うと、紳士はちらりと佳亮を見たうえで席を辞した。なんだったんだ、今のは。

「………」

佳亮が黙っていると、薫子がくすりと笑った。

「何も聞かないのね、佳亮くんは」

今まで見てきた薫子とは違う、何処か自嘲気味の笑み。数回しか会ってないけど、それが普段の薫子ではないことは分かる。

「薫子さんが言いたくないことなら、聞きません。人には聞いて欲しいことと聞いてほしくないことがあると思いますから」

佳亮が言うと、信用できるなあ、と微笑われた。でも、と佳亮は続ける。

「薫子さんが言いたくなったら、その時に聞きます。貴女は、僕のことを救ってくれた恩人ですので」

「大袈裟よ。カレーを食べさせてもらった私こそ、佳亮くんを恩人だと言わなきゃいけないわ」

それでもです、と佳亮は返した。例え薫子がそう思っていなくても、佳亮には薫子の言葉で過去から救われたのだ。苦い苦い記憶たち。それとさよならしてもう一度人に料理を作ろうと思えたのは、薫子の言葉があったからなのだ。

だから、二つ返事だったけど、実は薫子に食事を作れるのは嬉しい。恩返しのようなものだ。

「薫子さん。今週は買い物で時間使ってもーたから簡単な物しか出来ませんけど、それでも良いですか? 今から食材を買いに行くともう夕方になってまう」

「えっ、今日から作ってくれるの!?」

薫子は佳亮の言葉にとても驚いていた。佳亮は当然そう考えていたから、計画が早急だったか、と反省する。

「急すぎましたね。じゃあ、来週から仕切り直して…」

予定を立てましょう。そう言った佳亮に対して、薫子はティーカップをソーサーに置くと、たん、と両こぶしを握ってテーブルに付いた。

「…良かったら、今日からお願いしたい」

実は、昼ごはんに昨日のカレーを食べてしまったから。そう言われて、佳亮は嬉しくなった。人が食べたいと思ってくれる料理を作ることが、こんなに嬉しいって、また思えたのが嬉しかった。