薫子の会えたのは成人式の連休が終わった週末だった。それでも二月に納期の案件が何件かあるとかで、家でゆっくりしてる暇はないようだった。当然出張料理も延期になったし、出掛けるようなことも出来ない。

佳亮もこれから期末、期首に向けて忙しくなっていくから、丁度その日は少し会うのに都合が良かった。

「薫子さ……、わあ」

帰省土産を持って薫子の部屋を訪れると、今まで寝てました、と言わんばかりのパジャマに上着のフリースを羽織っただけの薫子が姿を見せた。

取り敢えずその恰好で外気は寒いだろうと、佳亮は薫子の家の玄関にお邪魔した。

「ごっ、ごめんね……。寝てた……」

うん、それは見れば分かる。睡眠不足からか、目の下にはクマ、顎には吹き出物と、去年の三月が思い出される惨状だ。

「薫子さん、僕の事はエエから寝とってください。また落ち着いたらゆっくり食事しましょ?」

そう言って土産だけ渡して帰ろうと踵を返すと、コートの端をくん、と引っ張られた。どうしたのかと振り向くと、口をへの字に曲げた薫子が、ご飯一緒に食べようよ、と言って来た。でも、今の薫子に必要なのはどう見ても食事じゃなくて睡眠だ。

「僕の事気にして言うてはるんやったら、気遣いどころがちゃいますからね? 薫子さん、そんなよれよれで……」

「ち……っ、違うの……。一緒にご飯、食べたい……」

佳亮のコートの裾を摘まんだまま俯いてしまった薫子を前にして、うーんと考える。今日は料理している時間も惜しい。

「ほな薫子さん、コンビニ行きましょうか。今ならおでんだと体があったまります」

薫子はぱちりと瞬きをして、それから嬉しそうににこっと笑った。



すっぴんだから、と何時ものニット帽とマフラーに加えてマスクまでして、薫子は玄関の外で待って居た佳亮の前に現れた。マンションのエントランスを出ると北風が冷たい。マスクが鼻まで被ってて鼻があったかい、と薫子は笑った。

何時ものコンビニでおでんの具を探す。

「薫子さん、何が好きですか?」

「私はねー、大根とー、つくねとー、厚揚げとー、白滝。あっ、玉子もいいよね」

薫子が佳亮の顔を見てふふ、と微笑った。多分最初の時の煮卵の事を思い出している。

「僕も大根と玉子がマストで、あとは白滝とかはんぺんとか、ロールキャベツも好きです」

「あっ、ロールキャベツも良いよね」

それぞれ器に好きなものを入れて会計をして貰う。ビニール袋に入れて貰って、コンビニを出ると北風が吹きつけて一気に顔が冷たくなった。

「あはは、薫子さん、マスクは正解ですね。僕、顔が冷たいです」

「手も冷たくなるね。近いからと思って手袋してこなかったけど、結構冷えてる。おでん美味しそう」

ゆらゆらと二人でおでんの入ったビニール袋を揺らしながら歩道を歩く。佳亮はちょっと考えて、おでんを右手に持ち帰ると、薫子の空いてる左手を掴んで自分のコートのポケットに入れた。

「え…っ!? ええ……っ!?」

驚いた様子の薫子が、街灯に照らされた頬を紅くする。ポケットの中でごそごそ動く薫子の手をしっかり握ってしまうと、薫子が眉を寄せた。

「……佳亮くん、変に思われるよ……」

小声でぼそぼそと、薫子がそんなことを言った。変ってなんでだろう。結構勇気を出したのに、そんなことを言われるとは思わなかった。

「……おかしいですか?」

「……だって、私なんか遠目でみたら、男の人だよ……」

私の方が背が高いし、格好も真っ黒だし……、とは消えそうな声が伝えてきたことだ。

薫子が見た目の事を気にしているのに気づいたのは、佐々木に連れられてお屋敷に行ったときからだった。白いネグリジェを隠そうとしていたし、その後も自分に女らしい形容詞なんて似合わないと言ってみたりして、コンプレックスなのかな、とは思っていた。でも、佳亮にとっては大切な女性だし、そう扱いたくなっても仕方のないことなのだ。

でも本当に薫子が困った顔をしているから、じゃあ、次の街灯まで、と決めて歩いた。街灯は意外と沢山あって、佳亮は直ぐに手を離す羽目になったけど、まあいいかと諦める。薫子が本気で嫌がることをしたいわけではない。ただ、あたたかいおでんと一緒で、そういうコンプレックスは徐々に取り除いてあげられたら良いなとは思った。