食事を作って欲しい、と薫子は言った。突拍子もない頼みに、佳亮は最初尻込みした。しかし、薫子は久しぶりに人の為に作った料理を喜んで食べてくれて、佳亮の気持ちを救ってくれた恩人でもある。平日は無理でも土日のどっちかなら月に二回程度何とかなる、と二つ返事でOKした。
そんなわけで、今日は薫子と都内の雑貨店に買い物に来ていた。薫子の家には、鍋がひとつと電気ポットがひとつしかない。かろうじて鍋がフッ素加工だったのは褒めてもいいだろう。しかし、これから佳亮が薫子の家で料理を作ろうとしたら、圧倒的に道具が足りない。今日はそれを買いに来たのだ。
「鍋とフライパンを大きさそれぞれひと揃え欲しいですね。あとは包丁と食器ですか」
「なんでもいいわ。佳亮くんに任せる」
自分の食事のことなのに投げやりな薫子に多少カチンときたが、料理を全くしないのであれば興味がわかないのも仕方ない。佳亮が品をチョイスすることにした。
「鍋類はそのまま冷蔵庫に入れられるように取っ手が取れるものが良いですよね。薫子さん、作り置きして欲しいでしょう」
「そりゃあ、勿論よ。美味しいご飯が食べられる日が何日もあるんだったら、それだけ幸せだわ」
フロアを探して鍋とフライパンを見繕っていく。佳亮が自宅で使っている大きさと同じ大きさの、フッ素加工の丁度いいものがあった。鍋もなるべく佳亮の家のものと大きさを揃える。自分が使いやすいようにだ。
食器も買った。作り置きをする用に、大きめのものが中心だ。小分けの皿などは薫子がもともと持っている物で足りるだろう。あとは調理アイテムだ。薫子の家には菜箸すらもなかった。お玉やフライ返し、大きな包丁など、勿論ない。カレーを作るときに使った包丁は果物を切るための小さな包丁だった。あれでは本格的に料理をするのに向かない。
売り場では佳亮が買い物をする傍らで、薫子が品物を珍しそうに眺めている。薫子の普段の生活は一体どんなものなのだろう。そう言えば忙しいと言っていたけど。
必要な物をすべて籠に入れるとレジに並ぶ。会計をするときに薫子が財布から出したのはクレジットカードだ。
(え…っ、ブラックカード…)
薫子がレジの係に出したのは、佳亮が初めて見る、でも誰もがその意味を知っている黒いクレジットカードだった。
(え…っ、薫子さんってもしかしてお金持ち…? そう言えば、『食事にお金払えるだけの給料はもらってる』って言うてたっけ…)
薫子は係に買った商品の配送まで頼んでいる。配送料がかかることを気にしていないようだった。
(…普段から、お金使い慣れてんのかな…。このくらい、持って帰れるけど…)
薫子の今日の服装もいつも通りシンプルな黒一色で、とてもお金を使っているようには見えなかったのだけど、この服もどこかのブランドのものなのだろうか。だからいつも着ているのだろうか。しかし、お金があるなら服くらい揃えてもおかしくない気がする。
大体、お金持ちがあんな1Kの部屋に調理道具もなく暮らしてるなんて思わないじゃないか。
薫子の謎が深まった―――。