紅葉狩り当日。佳亮は昨日から仕込んでおいた弁当を持って急いで部屋を出た。薫子がもう玄関前に車を着けていると連絡してきたからだった。エントランスを出ると、運転席から薫子が降りてきた。…驚いた。何時もと様子が全然違う。

薫子は深い紫のワンピースを着ていた。カシュクール風で胸元にレースが施されている。スカートはフレアーで薫子の細くてきれいな脚をよりきれいに見せていた。

「……び…、…っくりしました…。薫子さん、スカート持ってはったんですね…」

この前食事を作りに行ったときにラックには何時も通りパンツスーツしか掛かってなかった。もし佳亮の為に着てくれたのだったら嬉しい。

佳亮の視線の先で、薫子がもじもじしている。似合うかと小声で問われたので、似合いますと即答した。ほっとした薫子を見て、やっぱり今日の為に着てくれたんだと分かる。

「素敵です…。…上手に言えませんけど、とても似合ってます」

「……ありがとう…」

マンションの玄関先でなんて可愛い笑みを見せるんだろう。どきどきしてしまって落ち着かない。佳亮は行きますか、と声を掛けて手に持っていた弁当を掲げた。

「張り切って作りました。あとで食べましょうね」

料理の話になって、薫子がちょっと安心したように肩の力を抜いた。

「そうね、楽しみ! さあ、乗って」

薫子に促されて助手席に乗る。そういえばこの車に乗せてもらうのも初めてだ。

薫子が隣の運転席に乗り込む。釣られて薫子の方を見て…、…とんでもないことに気付いた。

薫子のスカートの丈が、運転するには短い。ペダルに乗せた脚を動かそうとすると、膝が見えてしまうのだ。これには参った。発車しようとする薫子を取り敢えず止める。

「か…っ、薫子さんっ! 待って、待ってください!」

急に運転を遮られた薫子には、でも佳亮の動揺が伝わってない。きょとんと、なに? と尋ねらえて、佳亮は真っ赤になって何と言ったものかと思った。取り敢えず自分のカーディガンを脱いで、薫子の膝に掛ける。

「ひ、…膝が見えてしまいます…」

指摘されて薫子はその事実に気付いたようだった。言葉を無くして紅くなる。

「ご……っ、ごめんなさい……っ!」

小さな悲鳴とともに聞こえたのは、消え入りそうな謝罪だった。でも、薫子が悪いわけではない。佳亮が邪な気持ちを持ってしまったのがいけないのだ。

「い、…いえ、…薫子さんは、悪くないです…。僕こそ、…あの、…すみません……」

車内に気まずい空気が流れる。なんとか立て直さないと…、と思っていたところへ、薫子が口を開いた。

「…下手に繕うと、良いことないわね。…佳亮くん、カーディガン借りるわ」

絶対動揺してるだろうに、佳亮に気を遣って気丈に振舞う。ただただすみませんとしか言えなかった自分が情けなかった。



運転席でハンドルを握ると、薫子はスムーズに車を走らせた。こういう車は運転し辛いと聞いていたけど、難なく運転している。馴染んでいるというか、やはり自分の車なのだなあと思う。

(カッコいいよなあ、薫子さん…。女の人やったら軽とかが多い筈やのに、こんな大きな車…)

黒一色の内装も、薫子に似合っていた。佳亮だったらこうはいかない。

(俺の方が軽か…)

自分で想像しておいてなんだが、自分の脳裏に浮かぶ姿が情けなさすぎる。本当に薫子は自分の何処が良かったのだろう。

(料理だけやったらへこみそうや…)

自分の想像に二度落ち込んで、佳亮は項垂れた。ちらりと薫子が佳亮の顔色を窺ったのに気付かなかった。