翌日。佳亮は緊張して薫子の部屋を訪れた。何時ものエコバッグを持って、佳亮は玄関で薫子が出かける準備をするのを待つ。

…筈だったが、逆に薫子に部屋に上がらないかと誘われてしまった。

今日の料理は? それより前にもう会えないと告げられるのだろうか? もしそう告げられたら、素直に頷いて部屋から出ていこう。そう心の中で決めて、佳亮は靴を脱いで部屋に上がった。背水の陣とはこのことか、と頭の中でよぎった。

「あの…、なにもなしじゃ寂しいから、コーヒーでもどうかと思って」

そう言って、薫子が冷蔵庫から缶コーヒーを取り出した。そういえば会話が少なくなってから、食事のお礼のコーヒーも買いに行くことがなくなった。思えばあのくらいから、玄関で何か言いたそうにしていたっけ。

そう思ってコーヒーを受け取る。佳亮が座ったのを確認して薫子も正面に座った。缶コーヒーを持ち直して薫子を見と、心なしか、自分だけでなく薫子も緊張した表情だ。

受け取った缶コーヒーを開ける心の余裕もなく、手の持ったままテーブルに置いた。カン、とちょっと高い缶の音が小さな部屋に響く。

「………」

「……、………」

無口な二人とは正反対に、窓の外をエンジン音が何度か行き過ぎた。沈黙が堪らず佳亮が口を開きかけたとき、薫子が、あのね、と口火を切った。

「あの、ね……。私、佳亮くんに、…伝えたいことがあって……」

うろうろと彷徨う視線。良くない話の兆候だ。佳亮は深呼吸をして受け入れる心の準備をした。

「あの、……私…」

言いかけて、薫子が席を立つ。促されて部屋の奥に座っていた佳亮に背を向けて薫子がキッチンへ行き、冷蔵庫から何かを取り出した。……皿に盛られた、黄色い塊。…端っこが焦げているけれど、それは多分きっとオムライスだった。

「………」

目の前に展開された、オムライスの乗った皿とスプーンと、それから薫子が持っているケチャップ。…意味が分からない。薫子は、今後一切佳亮と会わないという話をしたかったんじゃなかったのか?

(あ、もう一人で料理作れるから、お役目御免、ってことかな…)

成程、それならオムライスの意味もしっくりくる。佳亮は微笑んで、すごいやん、と褒めた。

「薫子さん、一人でオムライス作れるようになるの、夢でしたもんね。良かったです。めっちゃ上手に出来てます」

佳亮が褒めると、薫子は顔をくしゃっと歪ませて、嘘よ、と呟いた。

「嘘は要らないわ、佳亮くん。私は、どう頑張ってもこんなオムライスしか作れないのよ…。出来損ないの女だわ……」

何故か、薫子のほうが泣きそうだ。今、泣きたいのは佳亮なのに。