佳亮が薫子と過ごす時間は、元の食事を作り、食事を共にするスタイルに戻った。卵割りチャレンジの時間が無くなったからだ。

「佳亮くんがお料理してくれる時間を邪魔するのは悪いから」

そう言って、薫子はオムライスづくりを実家で習うという。佳亮が来ない週末に、実家に帰って練習しているらしい。教え子が練習熱心なのは感心するが、薫子が自分の知らない所で料理を習っているのを、佳亮は心もとない気持ちで受け止めていた。

(何を師匠ぶってんねん…。俺に習うより、あのお屋敷のシェフに習ったほうが完璧や…)

佳亮はそう考えて、薫子の料理について考えることを止めた。

「卵って、平らな場所に卵の中央を軽く打ち付けてヒビを入れると、卵液に殻が混じらないのね。平田に教えてもらったわ」

「角に打ち付けると、殻が卵液に入り込んでしまいますからね」

先週もオムライスづくりに勤しんだ薫子が楽しそうに話す。平田と言うのは、薫子の実家のシェフらしく、薫子の口からよく名前が出るようになった。佳亮は平田に習ったコツを楽しそうに話す薫子を複雑な思いで見ていた。

薫子の挑戦はどんどん続く。

「フライパンに油を入れる量が多くて、ご飯がべとべとになっちゃったのよ。焦げるといけないと思ってたくさん入れたんだけど、油ってほんの少しで良いのね。知らなかったわ」

「玉子焼きがどうしても黄色と白のまだらになるのよ。上手にかき混ぜてないからだって言われたけど、どうしても上手にかき混ぜれないの。平田に聞いたら、卵液を切るように混ぜるんだって言ってたわ。切るようにって難しいわね。ハサミで切れたら良いのに」

「ご飯がきれいに赤にならないの。お米の塊を全部潰すようにって言われたけど、そうやってるとどんどんお米が焦げちゃうし、ケチャップライスって難しいのね」

等々、薫子の奮闘話は手指の傷とともに絶えることがない。その度に親身にうんうんと聞いているのが辛くなってきた。返事が相槌だけになり、その相槌さえも疎(おろそ)かになっていった。

ある日の食事中、何時ものようにオムライス奮闘記を語る薫子が不意に佳亮に尋ねた。

「佳亮くん。……私の話、煩い……?」

首を傾いで、佳亮を見る薫子は新しい経験を親に話したくて仕方ない子供のようだ。はっとした佳亮はすかさず微笑んで、そんなことないですよ、と返事をした。

「でも……、最近あんまり話に乗り気じゃないように見えるし……。もし煩かったら」

「薫子さんの話で、煩いことなんて、ありませんよ」

にこりと笑って。