薫子が卵割りに挑戦し始めて半年が過ぎた。月に二回のチャレンジの為、一回に卵三つまで試すことになったが、薫子の不器用さは天を極めた。それでもだんだん卵液がボウルに収まるようになり、殻も粉々になって卵液に落ちる数が少なくなっていった。

そして本日めでたく、きれいな卵がボウルに落ちたのである。

「……わ…っ…」

細い声を上げて薫子がボウルの中を凝視し、その背後から佳亮は上体を斜めからキッチンに乗り出すようにしてボウルの中身を確認した。

「やりましたね! 薫子さん!」

佳亮が薫子の両腕を後ろから掴み、薫子の表情を確認すると、まるで信じられないものを見るように目を大きく開いてボウルの中を見つめ、それからゆっくりと振り返って佳亮の視線と目を合わせた。

「……できたわ……。わたし、できたわ、よしあきくん……」

「そうですよ! 立派な卵です! おめでとうございます!」

薫子は少し身体を震わせて佳亮からボウルの中身へと視線を移した。

薫子が自分できれいに割った卵が、そこには浮かんでいた。まるい黄身がつやつやとしていてかわいらしい。白身はとろりと黄身を守っている。

半年前の惨劇を思うと、こんなことが自分にできるようになるなんて思っていなかった。でも佳亮が根気良く付き合ってくれたおかげで、一人で卵を割ることが出来るようになった。

薫子はくすんと鼻を鳴らし、手の甲で目じりににじんだ涙を拭った。

「…嬉しい…。少しは人並みになれたのかしら……」

薫子が言うと佳亮は、はい、と応えた。

「薫子さんは、もっともっといろんなことが出来るようになりますよ。練習すれば、オムライスだって作れます」

卵が割れただけで急にオムライスの話になってしまって、薫子は苦笑する。でも、そんな未来も悪くないと思う。

「そうね…。…私、頑張ってみるわ。もし、オムライスを作ることが出来たら、佳亮くん、食べてくれる?」

薫子の問いに、勿論、と応えた。

「是非、御馳走してください。楽しみにしています」

佳亮の笑みに、薫子も笑みで応えた。