「お弁当、楽しみにしてたのよ」

そう言われて、手に持っていた保冷バッグの中からタッパーに詰めた弁当を差し出す。

「ちょっと残り物で申し訳ないんですけど…」

こんなことなら、もっとちゃんと作ってきてあげればよかった。でも薫子は差し出された弁当に手を合わせて、早速箸をつけている。

「うん、美味しい。元気が出るわ。ありがとう、佳亮くん」

本当に美味しそうに食べるから、出来れば毎日お弁当を作って上げられたら良いのにと思ってしまった。せめて週末だけでも…。

「薫子さん。週末だけでも部屋に帰って来れませんか? 今までみたいに食事を一緒に摂ることは難しいと思いまけど、お弁当くらいやったら差し入れできます」

本当は持ってきてあげても良いのだけど、忙しそうなこの場所に部外者がのこのこと来るわけにはいかなさそうだ。そう言うと薫子は是非、と縋るような目で訴えてきた。

「もう何日もカップラーメンで、流石に飽きてたのよ…。部屋には帰れないけど、受付に託(ことづ)けてくれたら受け取れるように手配しておくから、佳亮くんの都合のいい時に食べさせてもらいたい。この忙しいのは春になれば終わるから」

薫子の言葉を聞いて佳亮は弁当を作ることを約束した。ありがたい、ごめんね、と言いつつ嬉しそうな薫子を見ると佳亮も安心する。

「ほな、僕は帰りますんで」

薫子から食べ終わったタッパーを受け取って席を立つと、薫子もソファから立ち上がった。

「ちょっと休憩ついでにコーヒーを買いに行くわ。お弁当のお礼」

そう言ってウインクを寄越してきた薫子に破顔する。こんな時でも約束を忘れないなんて律儀だなあと思った。

薫子は職場の一人に少し席を外す旨を伝えると、佳亮と一緒にエレベーターで一階まで下りた。ビルを出て駅の方へ向かいがてらコンビニを目指す。薫子は佳亮の隣で弁当の中身のリクエストなんかをつらつら話していて、それが楽しいと思った。その時。

「あ、ぶない!」

不意に両肩を抱き寄せられたかと思ったら、グイっと建物側に引き寄せられる。佳亮が立っていたそこを、後ろから無灯火の自転車がスピードを出して走り抜けていった。

「歩道は歩行者優先なのに、なんて自転車なの」

「あー、びっくりした…。薫子さん、ありがとう」

走り抜けていった自転車に文句を言いながら、大丈夫かと聞いてきたから、佳亮は謝意を伝えた。まさか事故になりそうなのを助けてもらうとは思ってなかったが、身長の高い薫子は佳亮とは見渡せる世界が違うのだろう。怪我に繋がらなかったのはありがたい。その余韻でか、そのあとは薫子が車道側を、佳亮が建物側を歩いた。

コンビニで缶コーヒーを薫子から受け取ると、二人はコンビニで別れた。缶コーヒーをひと口飲む。そういえば社長なんて仕事をしていたら金銭感覚はつくだろうに、どうして薫子はあんなお金の使い方をしたのだろう。佳亮の心に疑問が残った。