今日は出張料理の日だったが、先刻薫子から連絡があって、約束はなくなった。そういえば前回もなかったんだっけ。忙しいとは聞いていたけど、あんなコンビニ飯ばかりの食事が続いて、薫子の健康は大丈夫だろうか。薫子からは、佳亮のご飯が食べられないことをしきりに残念がったラインが飛んできていた。
…お弁当、持って行ったらどうかな。会社だから嫌がるかな。
そう思って、薫子に打診してみると、是非食べたいという返事が返ってきた。
それなら話は早い。早速佳亮はタッパーに弁当を詰めると、薫子が寄越した勤務先に向かった。地図アプリに導かれて辿り着いた先は、高層ビル群の一角にあるガラス張りの建物。薫子はこの中の15階で仕事をしているらしい。エレベーターで目的階まで上がって廊下に出ると、何人かの女性が忙しそうに行き来していた。佳亮が通りがかりの人に声を掛けると、その人は笑顔で応対してくれた。
「大瀧さんに用事があってきたんですが、会えますか?」
「大瀧ですか? ご案内します。此方へどうぞ」
そう丁寧に案内された会社の室内は人で溢れていた。そして部屋の中には建物や部屋の模型がいくつもある。通された部屋の中央にしつらえられた大きなテーブルの上には、背の高い建物の模型と、簡単な作りの部屋の模型。その隣には何かのサンプルのファイルが山ほど広げられている。五人くらいの人がその模型を囲んで打ち合わせをしていて、その横をすり抜けていく。
(うわ、ホンマに忙しそう…。呑気にお弁当持ってきてもうたけど、失敗やったかもしれへん……)
先導してくれる女性について行くと、部屋の一番奥にある囲われた個室に案内された。女性が扉をノックすると、中から聞き覚えのある声。
「なに?」
「社長、お客様です」
女性と、部屋の中の人との会話を驚きいっぱいで聞く。扉が開かれ、女性に中へと促されると、部屋の奥の大きな机に座っていたのは薫子。しゃ、社長だったのか……。呆然としている視線の先で、薫子が人懐こい笑みを浮かべた。
「佳亮くん、無理言って悪かったわね。まあ、座って」
そう言って薫子は社長室にしつらえられているソファセットに座った。佳亮も座らないわけにはいかず、薫子の正面に座る。それでも何も言えない佳亮に、驚いた? と薫子はいたずらっ子のように笑った。
「今、リニューアルオープンの店舗の納期直前で忙しくて…。全然家にも帰れないし食事も不規則になるから、ほら、吹き出物も出ちゃって」
そう言って薫子が顎のところを指差す。本当だ。ぽつりと赤いものが顎に出来ている。よく見るとちょっとクマのようなものも出来ているだろうか。きれいな顔だけにやつれた印象になってしまって、目立つ。