「ねえ、陽一さん。亜澄ちゃんは?」

涼から女性の名前が出て、神田さんがピクリと反応する。「亜澄ちゃん?」と反芻している。

「こういう場なら、亜澄ちゃんを連れてくると思ってたけど?」

勘のいいやつだ。わざと亜澄の名前を出したな。
神田さんの様子もあって、おそらく、俺を取り巻く現状をいろいろと察したのだろう。かなり正確に。

「亜澄は会社で仕事をしてるよ」

「なんだ、残念。久しぶり会えると思ったのに」

初対面でなんの偏見も抱かずに涼に手を差し伸べ、乱れた食生活を気にかけた亜澄は、涼にとってお気に入りらしい。
少々気に食わないが、あくまでお気に入り以上の感情がないことは明確で、そこは追求しないと決めている。

「また今度な。仕事がひと段落したら、夕飯でも食べに来いって言ってたぞ」

「マジで!?よし。ちゃっちゃと仕上げちゃうわ。じゃあ、陽一さん、俺はこれで」

よほど亜澄のご飯が楽しみなのか、まるでスキップでもし出しそうな軽い足取りで、涼は去っていった。