「俺はそこにいない。いづみには手を出すな」

「あなたがこんなことをしなければ、いつまでも一緒にいられたのに!」

フンという鼻息一つで、話し合いはもう終わってしまったらしい。

「戻ってきてください。今なら……まだ間に合います」

「何が? そう思っているのは重人、お前だけだ」

「すぐに隊長が来ます。逃げるなら逃げて!」

一瞬見せた飯塚さんの、その表情を俺は絶対に見逃さない。

「飯塚さん!」

通信が切れる。

濡れた足元で、電線からの火花が散った。

「どうして来たのよ」

そうつぶやいたいづみに、竹内は自らの警察手帳を掲げた。

「ナンバー19大沼いづみ。公務執行妨害で現行犯逮捕する」

瞬間、竹箒は動いた。

その場から跳び退く。

電柱に取り付けられたボックスから、無数の釘が飛び出した。

「この私に、あんたたちへの傷害罪まで付け加える気?」

彼女の足が一歩下がる。

箒を強く2回右に引いてから、ドンと下に押しつけた。

次の瞬間、彼女の姿は穴に消える。

「逃げたか?」

「当たり前だろ」

駆け寄ってはみたものの、すでにマンホールの蓋は固く閉ざされていた。

竹内は端末を取り出す。

「隊長からの指示だ。ミラーへの通信発信源を特定、そっちへ向かうらしい」

竹内は端末を見ながら歩き出す。

「なぁ、いづみはど……」

「隊長の指示だ」

俺はもう一度ペットショップを振り返った。

いづみはもしや、おとりにされた? 

だけど、飯塚さんにその気がないのなら……。

いや、違う。

首を横に振る。

憶測は単なる憶測でしかない。

俺は竹内の背中を追いかけた。

「飯塚さんはここから北西にある基地局から発信してるっぽい。その受信範囲から想定される地域に招集がかかってる」

「俺たちも今から向かうのか?」

「いや」

竹内は端末を見ながら言った。

「一旦コンビニに戻れだとよ」

「従うのか?」

「それしか方法が思いつかない」

俺には隊長が何を考えているのか、さっぱり分からない。

だけど隊長が未だかつて、指示を間違えたという記憶もない。