「自分の目で見たものだけを信じるんだ」

「飯塚さんは、そこに幸福な世界は見えていますか?」

「……その質問には、答えようがないな」

通信は途切れた。

部隊に伝わる、新人に送る伝統の言葉だ。

『君の見るこれからの世界が、幸福であることを祈る』と続く。

タブレット端末の呼び出しが鳴った。

隊長だ。

「なぜ切れた」

「俺じゃありません。飯塚さんの方から……」

「ログを追う。お前は手を出すな」

自分の声が湿っている。

そのことに自分では気づいても、あの隊長にはバレなかっただろうか。

滲みだした鼻水をティッシュでかんだ。

隊長の指示が出た瞬間、再起動して生まれ変わったばかりのパソコンは、機械らしく機械的に役割を変えた。

自分で組み立てたはずの機器なのに、この子はもう俺のものではない。

部隊によって遠隔操作されているのは百も承知だが、あっさりと裏切るようなその行為を、簡単に飲み込むことは出来ない。

カタカタと元気よく動き始めたその姿は、全く違う別の生き物のようだ。

その逆心的な行為に耐えられず、俺はふらりと外へ抜け出した。

ひんやりと肌寒い夜の中を歩く。

夜が優しいと感じるのは、嫌なものを少しだけ見えにくくしてくれているせいだ。

ポケットの端末は、コンビニ支部の紐付けから個人PCに切り替えた。

処理速度と能力は落ちても、まだ俺のためだけに動こうとしてくれている。

交通規制課のシステムに侵入し、再設定したアプリに自分の位置情報を入れれば、もう信号機に引っかかることもない。

目の前の信号はタイミングよく青に変わった。

そんなやり方を教えてくれたのも、飯塚さんだった。

俺はそれ以来一度も、歩行中の赤信号にひっかかったことはない。

電子の魔術師と呼ばれた最高の上官だ。

計算しやすい歩く速度も教えてくれた。

体に染みこんだその歩幅で、コンビニ通りへ出る。

その一定の速度を保ったまま、四辻の交差点を渡った。