『みんなが待ってる』と言ったわりには、もう食べ終わった食器が並んでいるだけだった。

俺がそこに腰を下ろすと、父は遠慮がちに「おはよう」と声をかけてくる。

仕事に出かける姉の洗面所で使うドライヤーの音が、茶の間にまで聞こえてきた。

「全く、カネかけて大学院にまで行ったって、なんの意味もないじゃない、引きこもりなんかされちゃったらさぁ。どんな大企業に就職するのか、楽しみだったのにぃー。ね、母さん!」

「美希、そんなこと言わないの!」

「聞こえるようにワザと言ってるに決まってるじゃない。ね、重人!」

ひょこっりと姉貴が顔をのぞかせる。

ここで文句を言うと話しが長くなるので、黙っておく。

慌ただしく仕事に出かけていく父と姉を見送る頃には、俺は用意されたみそ汁と白ご飯のほとんどを胃に流し込んでいた。

「ごちそうさま」

「今日もどこか出かけるの?」

「いや」

「そう。母さんはこれからパートに行くから」

「知ってるよ」

いつも何か言いたげな母と、遠慮がちな父と、一切の妥協なく自由奔放に生きている姉に、俺はいつも振り回されている。

「じゃ、出かけてくるわね。お留守番、よろしくね」

時折母の見せるその淋しそうな横顔だけが、唯一俺の決意を砕きにかかってくる。

「いってらっしゃい」

そんな母を玄関まで見送った。

「ニートか……」

しかしここで折れてしまえば、この数年の努力が無駄となり、姉の言葉は本当になってしまう。

警視庁公安部総務課から独立機関となったサイバー攻撃特別捜査隊。

そこに数年前から秘密裏に設置された極秘部隊、それが警視庁サイバー攻撃特別捜査対応専門機動部隊だ。

入隊希望者本人の身辺調査は厳密に行われ、家族にもその職務を知られてはならない。

だからこそニートとして社会的空白期間が必要なのであり、その間の言動も問われているのだ。

俺はニートだ。

だが、ただのニートではない。

これは世を忍ぶ仮の姿なのだ。

家族全員が出払ったのを見届けると、俺は自室に戻った。

届いたばかりのグロテスクな人形を手に取る。

その青い目をじっと見つめた。

この人形は、渡されたアニメに登場するキャラクターアイテムだ。

主人公を陰から支える案内役を務める。

アニメでは左目が赤のオッドアイだが、この人形の両眼は紺碧だ。

深紅であるはずの眼に指を押し当てる。

案の定、それはカチリと音を立てると、フッと浮き上がった。

引き抜かれた眼球の先には、USBが装着されている。

ウイルスチェック用に独立させてある検査用PCに接続する。

問題はない。

これはやはり、部隊から送られて来た何かのシステムなんだろうな。

だけど俺にはまだ、これが何の役割を果たすものなのかは分からなかった。

そのUSBを再び人形の眼に戻す。

改めて、2枚目のディスクから取り出したプログラムコードの設定に取りかかった。

脳が沸きだすほどの労力を費やしているうちに、ふいに画面上にマップが表示された。

これはプログラムが正常に作動し始めたという証だ。

「なんだ? ここに行けってことか」

写し出された画面に目をこらす。

家から歩いて数分の地点が、そこに示されていた。