コンビニバイト店員ですが、実は特殊公安警察やってます(『僕らの目に見えている世界のこと』より改題)

「で、どうやってその『天命』を使いこなすんだ?」

「『天命』を使いこなす? そんなこと出来る奴なんていねーよ」

にやりと笑った竹内は、今度は売れ残り過ぎて陳列棚から引き上げることになった、黒酢の紙パックを飲み干した。

「ただ許可された指示に従って大人しく使われるか、操る方法を模索していくしかないね」

「と、いうことは?」

「習うより慣れろ」

彼は飲み終わった紙パックを、ゴミ箱に放り込む。

俺はため息をついて自分のPCに視線を落とす。

竹内の指導の仕方は、ほとんど全てがこんな感じだ。

乱暴なのか丁寧なのかが分からない。

「つーか、網羅してる範囲が広すぎて説明のしようもないんだよ。使い方が分からなくて困ったら、本部に問い合わせればいい。秒で返事が返ってくる」

「そうなの?」

「頭おかしいんだ」

「あっそ」

「よく使うやつの基本的な操作方法だけ、簡単に説明しとく」

各鉄道会社と通信会社。電力会社に各種公官庁などなど……。

「警察関係はうちの本部、つまり天命の中の人たちも管理している。ま、俺らも警視庁の公安から独立した部署だから、基本使いたい放題だ」

地上階の扉が開く。

飯塚さんが本部から戻ってきたようだ。

「おや、なかなか進んでいるようだね。竹内くん自らが教えようだなんて、珍しくない?」

「なんか、隊長から直々に頼まれちゃって」

「はは、そうなんだ。あの人か」

そう言って、司令台のキーボードを操作する。
「天命の使い方か。こればっかりは少しずつ慣れていくより、仕方がないね」

飯塚さんは静かに微笑んだ。

「いいことを教えてあげよう」

ディスプレイに、先日の行動記録が表示される。

「地下鉄の駅前から、ここまでの帰還競争をしただろう。どうして他のみんなの方が早かったのか、その謎は解いてみたかい?」

俺の行動履歴は、電車の路線をたどっている。

竹内のは普通に一般道を走っていた。

いづみと飯塚さんのは……。

「僕といづみのに関しては、後回しにしよう。まずは竹内くんのからだね」

その日の竹内の行動記録がクローズアップされる。

画面には移動速度まで記録されていた。

最初は徒歩。

その後は車に乗り換えているけど、それにしても速い。

「この移動速度の速さは、どうしてだと思う?」

夜8時の時間帯だ。

都内の幹線道路はどこも混んでいるはずなのに、スピードが全く落ちていない。

「普通なら、車で行くより電車で移動した方が速い。そう思うのはどうして?」

「渋滞があるから」

「そう。だけど、竹内くんのはそうはなっていない」

飯塚さんの指先は、軽やかにステップする。

「交通局のシステムを操作しているからだよ。信号機の点灯時間を調整し、渋滞を解消させ自分の進路を全て青に変化させる」

平均移動速度56.7km/hというのは、一般道ではあり得ない。

「幹線道路こそ使いやすい技だ。そしてこういった大きな道を使う方が、便利で速い」

交通量の変化を時系列で見ると、確かに側道は竹内のために渋滞させられていた。

飯塚さんはふっと微笑む。

「IT技術全般に関しては、竹内は部隊でもトップクラスだよ。プログラミングの早さとコードの正確さは、隊長のお墨付きだ」

その言葉に、彼は頬を赤らめる。

そんな姿を、俺は初めて目にした。

「まずはここからだね。車で移動することは多いから、この簡易設定を自分で組むといい。プログラムを作るのは、得意だろ?」

「はい!」

飯塚さんは、そうでなくても穏やかな顔に、さらに柔らかすぎる表情を浮かべて微笑む。

「飯塚さんの二つ名はな、『電子の魔術師』だ。ある意味この天命を使いこなしているのは、この世界で隊長と飯塚さんだけかもしれないな」

竹内も両腕を組み、うんうんと何度もうなずいている。

本日の講義はこれでおしまい。

飯塚さんが電子の魔術師なら、俺はその魔術師の弟子ということだ。

竹内が一番弟子なのかもしれないけど、負けるわけにはいかない。

自作の端末と天命とはすでにリンクさせてある。

俺だってポケットサイズの端末で、この天命を使いこなしてみせる。
「あ、そうだ!」

ふいに飯塚さんは、ポンと手を叩いた。

「重人は、線路脇のフェンスを跳び越えられなかったんだって? ダメだよそんなんじゃ!」

飯塚さんは、にっこりと笑みを浮かべた。

「最近サボってたし、走り込みと筋トレを再開しよう。頭ばかり使っているのも、心身によろしくない」

その言葉に、竹内といづみは物陰に隠れようとしたが、肩をつかまれる方が早かった。

「よーし。そうと決まったら、早速ランニングだ!」

なぜかコンビニロゴの入った陸上部ジャージに着替えさせられる。

俺たちは夕日の映える河川敷に放り出された。

200m7本と100m3本。40秒間走3回。

背の低いフレキハードルを使って足の回転矯正までやるって、本気でどこの陸上部だ。

槍投げしたり、でっかいボール抱えて走ったり、そんなの聞いてない。

「こんなこと、いつもやってたんですか?」

にこにこと笑顔でハードメニューをこなす飯塚さんは、まさに鬼監督そのものだった。

「昔はね、ほぼ毎日」

平然とそう言った飯塚さんの横顔を見上げる。

いづみの顔はいつも以上に怒っていて、竹内もバテ気味だ。

俺はもうとっくにリタイアしている。

元気なのは飯塚さんだけだった。

体力にも頭の回転速度にもそれなりに自信はあったけど、ここではそんな俺の自尊心は簡単に吹き飛ぶ。

今までの俺の知っていた世界は、何だったんだろうかと思える。

「信じられない」

「ジムもあるだろ。今は忙しくて、なかなか僕は出来ないけど」

そう言った飯塚さんの隣で、俺は夕日に照らされる川面を見つめた。

鉄橋を渡る列車の走行音が響く。
「こういうの、いいよね。世界は本当は平和なんだって思える」

飯塚さんのテーブルに置いてある、PC画面を見てしまった。

見ようと思って見たわけじゃない。

そのまま立ち上げてあった画面が、自然と視界に入っただけだ。

それが何かは分からなかったけど、とてつもない作業量を要するものだということだけは分かる。

「『常識を疑え。あらゆる可能性を想定しろ。世界は想像を以上に不思議なことであふれている』でしたっけ」

飯塚さんは俺を振り返った。

「『自分の見たものだけを信じるんだ』って」

「仕事に感情は持っていないよ。反応があるだけだ。そこに勝手な感情を読み取ろうとするのは、人間の性なのかもしれないけどね」

最後は河川敷の橋と橋を渡る1周約10kmのラン。

最初の1周は軽く流して、2周目の最後の橋を渡ってからは全力ダッシュが課せられた。

完全にバテてしまった俺たちの横で、ハシボソガラスのR38はぴょんぴょんと跳びはねる。

まだまだ余裕の飯塚さんの頭にR38はとまろうとして、横の地面に下りた。

彼は座っていたいづみの肩に飛び乗る。

「だっる! 俺もうマジで地上勤務とか逃れたい。どうやったら出動しなくていいようになりますかね」

そう言って地面に転がった竹内の背中に、今度は跳び移った。

背中に頭をこすりつけ、励ましているようにも見える。
「……。俺、まだR38になつかれてないんですよね」

動物は正直だ。

好きな人には寄っていくけど、警戒する相手には近寄らない。

「そのうちなつくわよ」

いづみはそう言ったけど、そう簡単にはいかないのだ。

誰も見ていない隙に、こっそりハムとか彼のお気に入りのおもちゃで誘ってみても、絶対に俺には近寄らない。

「これで慣らせばいい」

飯塚さんはふいに、大きな黒い羽根を取り出した。

「これを振れば、扱えるように訓練されている」

飯塚さんは羽根を左右に振る。

その羽根の先を腕にちょんとつけると、カラスはその腕に飛び乗った。

「やってごらん」

受け取ったはいいものの、どうしていいのか分からない。

飯塚さんの腕にいるR38は、じっとこっちを見ている。

俺はさっきの飯塚さんのマネをして、それを振ってみた。

「ギャー!」

R38は叫び声をあげ、俺の頭をつつく。

そこに乗ろうとしているのか、つつきたいだけなのかが分からない。

「はは、仲良しじゃないか」

「コレ、俺が襲われてません?」

いづみは羽根を奪い取ると、それを大きく振った。

彼は大空へと飛び立つ。

「重人は、この仕事はやっていけそうかい?」

夕焼けの河川敷、鉄橋の上にカラスが舞う。

「やれるだけのことは、やってみるつもりです」

「そっか。楽しみだな」

その返事に、飯塚さんはにっこりと微笑んだ。
俺は今日も、朝早くからコンビニへ向かう。

何度か出動も経験したし、端末の使い方もそこそこ覚えた。

出動要請以外にも、各自研究開発を担当していたり、支部としてのルーチンワークもある。

警視庁サイバー攻撃特別捜査対応専門機動部隊、久谷支部の日々は続く。

「だから、上手くやる必要はないんだって! ただちょっと動かせればいいんだ。実際の操縦を長時間しかもアクロバティックにやる必要はない。そんなのは専門に任せりゃいい。俺たちは何かの時に、ある程度動かせるくらいの知識があればいいんだ!」

戦闘機の飛行訓練はまだ続いていた。

潜水艦と戦車の操縦も習ったが、どうしてもまだこれだけは納得がいかない。

「こんなところに時間かけてどうする。もっと他のことやれよ。俺たちの仕事の範囲外だ!」

「ねぇ、磯部くんのアバター作ったの。録音音声ほしいから、声ちょうだい」

いづみが割り込んできた。

最近の俺たちは、ぶつかってばかりだ。

竹内は「もう知らん!」と捨て台詞を残し立ち去る。

俺としては、一つ一つに納得がいかないと先に進めないタイプなのだから、仕方がない。

「別に付き合ってほしいなんて、頼んでないし」

「頼まれてるのは隊長からよ。あんたからじゃない」

河川敷での夕日に照らされた、飯塚さんの横顔が浮かぶ。

「俺、まだ隊長とろくにしゃべったことないんだけど」

いづみはマイクを向けた。

「じゃなきゃこんな面倒くさいこと、私だってやらないわ」

「それも隊長と飯塚さんからの指示?」

「そう」

いづみは今、俺のアンドロイドを制作している。

彼女の作業台の上に転がされているそれは、気持ち悪いほどそっくりだ。

完全にマニュアル化された「おはようございます」「いらっしゃいませ」「温めますか?」等々の台詞を順番に録音していく。

本当にコンビニとは、便利な存在だ。
「本物がいるなら合成より録音する方が早いでしょ。完成したら2体目も作るけど、もうちょっと待っててよね。次は、あいうえお。順番によろしく」

俺はデモ機を抜け出し、コンビニ店舗へと向かった。

イラついたらここに来るに限る。

商品補充とレジ打ちに心癒やされる日がくるだなんて、思いもしなかった。

午後からは飯塚さんに、水道局のシステム管理について教えてもらう予定だ。

メインサーバーへのアクセス方法はもう分かっている。

その飯塚さんは、今日も出勤していなかった。

きっといつものように、午後から顔を出すのだろう。

極秘任務とは聞いているが、その行動履歴は天命からも追えないだなんて、どんなことをしているんだろう。

以前みかけた詳細な図面とコードが頭をよぎる。

天命の行動履歴照会画面には『SECRET』の文字がラベルされていた。

天命でつながっているとはいっても、個々の部隊も個人の行動も、全てがリンクしているわけじゃない。

賞味期限の近づいた商品がはじき出された。

俺は気になったものがあると、そこから拾い上げて昼飯の代わりにしている。

竹内は自分の取り分が減ると、それも気に入らないらしい。

無駄に廃棄処分品を出さないことは、オートメーション化の功績だ。

俺は再びコンビニの地下に潜り込むと、そこから水道局システムに侵入した。

予習はしてきたが、せっかくの直接指導を受けられるチャンスを無駄にしたくはない。

昨夜、家で水道局のシステムをながめていた時にも、飯塚さんからゴスロリ人形通信があった。

その時には詳しい仕事の話は何もなくて、嫌なことはないかとか、困っていないかとか、それ以外のどうでもいいような俺の話も聞いてくれる。

「お前はよく勉強するね」

「ありがとうございます」

衛星通信時代におけるステルス性能の意義について、熱く語り合った。

おかげで水道局システムへの理解は遅れたけど、それはそれで楽しかった。
「飯塚さんは、どうしてこの部隊に入ったんですか?」

「重人と一緒だよ。この世界と、その未来と希望を……って、なんか、言ってるこっちも、自分で恥ずかしくなってきたな」

「いえ、そんなことないです」

「何気ない日常を、大切に出来ればそれでいいんだ。たとえそこが、どんな場所であろうともね」

飯塚さんの言葉は、いつも物静かで穏やかだ。

上からもらってきた菓子パンをかじる。

多めに注文をかけても、発注システムが過去の販売実績からエラーを出してしまうのが厄介なところだ。

竹内は新商品のチョコラテを飲んでいる。

俺も目をつけていた最後のメーカー試供品を、一人で勝手に飲みやがった。

「おい」

「何だよ」

竹内は飲み終わったカップをゴミ箱に投げ捨てる。

「何で最後の一個を黙って一人で飲んでんだよ」

「テメーの分はもうすでに飲んだだろ。一人一個ずつは飲んだはずだ」

「だからさ、そういう問題じゃなくね?」

「クソが。何が言いたい」

ふいに警報が鳴り響いた。

地下基地の監視モニターは、コンビニ前の路上から水が噴水のようにあふれ出す様子を映している。

すぐに飛び出してきたのは、アンドロイドのいずみだ。

地下にいた本物のいずみは、すぐにリモートコントロールに切り替える。

「竹内くんは元栓を閉めて。私は水道局へ連絡を」

地下のいずみは電話をかけ、地上のいずみは立ち入り禁止の柵を立てる。
「磯部くんがいま見ているのは、ちょうどそのシステムね」

画面が切り替わる。

水漏れを示すような警告は、水道局画面では表示されていなかった。

「なんか、おかしくないですか?」

「あのね、実際には、普通に分からないものなのよ」

電話がつながった。

モニターにうつる水道局の事務室に、呼び出し音が鳴り響く。

閑散とした事務所で、受話器を取る職員の背中が映し出された。

ドンッ! 突然の衝撃が地下を揺らす。

いづみと目があった。

「下だ!」

この秘密基地に隠された、もう一つの地下へ向かう。

不吉な音が、俺の鼓膜を刺激した。

「水漏れだ……」

整然と並べられた量子コンピューターのサーバー保管室に、どこからか流水音が聞こえる。

竹内も駆け下りてきた。

「俺はちゃんとゆっくりバルブを閉めたぞ!」

「どっから水漏れが……」

場所を特定しようにも、あっという間に水深が3センチを超えてきている。

「もう遅い。データは本部と共有されている。すぐに上の資材を運び出そう」

「運び出すって、どこに?」

この上の階にはトレーニングジムと戦闘機や潜水艦のデモ機が並んでいる。

さらに上の司令部はどうなる? 

テーブル回りのどれもこれもが、特殊な機械や実験装置だ。

竹内が駆け上がるのに続いて、俺も駆け上がった。

いづみはスプリンクラーを作動させる。

「ごめんなさいね。あなたのアンドロイド、最後まで作ってあげられなくて」

警報の鳴り響くなか、部隊のPCに容赦なく水が降り注ぐ。

「ガス消火設備に変えたんじゃなかったのか!」

大型設備搬送用のエレベーター口が開いた。

貴重な成果物を詰め込んだトラックの荷台が閉じられる。

運転席にいるのは、いづみ? それとも、そのアンドロイド?

「私、ここのこと結構好きだったのよ」

助手席に、もう一人のいづみが乗り込んだ。

「さようなら」

短く切りそろえた髪が、大きく開いた搬送口からの風に揺れる。

それが走り去るのを、俺と竹内はただ見送るしか出来ない。

「い、飯塚さんに連絡を……」

「……無駄だろうな」

竹内はため息をつき、力なく首を横に振る。

「多分、あの二人はグルだ」

『災害時保護モードにより、終了します』

司令部の巨大ディスプレイはそう言い残し、自ら黒く暗転した。