「あ、そうだ!」

ふいに飯塚さんは、ポンと手を叩いた。

「重人は、線路脇のフェンスを跳び越えられなかったんだって? ダメだよそんなんじゃ!」

飯塚さんは、にっこりと笑みを浮かべた。

「最近サボってたし、走り込みと筋トレを再開しよう。頭ばかり使っているのも、心身によろしくない」

その言葉に、竹内といづみは物陰に隠れようとしたが、肩をつかまれる方が早かった。

「よーし。そうと決まったら、早速ランニングだ!」

なぜかコンビニロゴの入った陸上部ジャージに着替えさせられる。

俺たちは夕日の映える河川敷に放り出された。

200m7本と100m3本。40秒間走3回。

背の低いフレキハードルを使って足の回転矯正までやるって、本気でどこの陸上部だ。

槍投げしたり、でっかいボール抱えて走ったり、そんなの聞いてない。

「こんなこと、いつもやってたんですか?」

にこにこと笑顔でハードメニューをこなす飯塚さんは、まさに鬼監督そのものだった。

「昔はね、ほぼ毎日」

平然とそう言った飯塚さんの横顔を見上げる。

いづみの顔はいつも以上に怒っていて、竹内もバテ気味だ。

俺はもうとっくにリタイアしている。

元気なのは飯塚さんだけだった。

体力にも頭の回転速度にもそれなりに自信はあったけど、ここではそんな俺の自尊心は簡単に吹き飛ぶ。

今までの俺の知っていた世界は、何だったんだろうかと思える。

「信じられない」

「ジムもあるだろ。今は忙しくて、なかなか僕は出来ないけど」

そう言った飯塚さんの隣で、俺は夕日に照らされる川面を見つめた。

鉄橋を渡る列車の走行音が響く。