「本当にじゃまね」

いづみは勢いよく立ち上がる。

手にしたパントレイの角を、振り向きざま男の脇腹にぶつけた。

間髪入れず、その足をぐっと踏みつける。

「お客さま、ポケットに未会計の商品が入っているようですが、防犯カメラで一緒に確認できます?」

「そ、そんなことはない、離せ!」

逃げようとする男の足を、彼女は引っかけて転がした。

「痴漢も犯罪よ」

背後から襟首をつかむと、一度その顔面を床に打ち付けてから持ち上げる。

「ね、あそこにカメラがあるの分かるでしょ? あんたの顔、しっかり記録されてるから」

「俺は万引きなんかしてない!」

いづみはふぅとため息をつくと、手を離した。

汚いものでも触ったかのように手を払う。

「みんな、そうやって言うのよね」

男の背広のポケットに、手を突っ込んだ。

中から袋入りのお菓子を取り出す。

「これ、今日の8時から発売開始の新商品。いま私が並べたばかりのものが、どうしてあなたのポケットに入っているの?」

「し、知らねぇよ! 俺は関係ねぇ!」

男は店を飛び出した。

慌てて追いかけようとした俺を、いづみは引き留める。

「だ、だって逃げたよ。捕まえなくていいの?」

「それは私たちの仕事じゃないわ」

「で、でも、万引きしたうえに痴漢まで……」

「磯部くんって、いい子ね」

ショートヘアの短い髪先が、ふわりと微笑むのと同時に揺れた。

「早く着替えてらっしゃい」

有無を言わさぬ眼光に、バックヤードへ駆け込む。

コーヒーの香りが漂う地下空間で、竹内は動画編集をしていた。

先ほどのいづみと男のやりとりの映像を、さっそく切り出している。

「し、仕事早いな」

「この店はな、表の営業はカモフラージュなんだから、売り上げとか気にしてねぇんだよ。それは分かるだろ?」

店での犯罪行為を、異常なまでの数で保存している動画の中から、切り貼りをしていた。

「あいつ、動物と機械には優しいけど、唯一人間には容赦ないからな」

出来上がった画像は、どうみてもあの男の罪を立証するものだった。

竹内はその画像をいづみとの共有ホルダーに放り込む。