次の日。習慣でいつも通り7時半にはおきた。手を握っていた母さんは自分が寝ていた後に、帰ったらしい。個室なのでイヤホンなしでテレビを見ることができる。この時間はどこもニュースばかり。一つぐらい子供向けのアニメでも流せばいいのにと思う。しばらくすると朝食が運ばれてきた。病院のご飯は美味しくないとよく聞くが普通に美味しかった。1人で食べる朝食は実に7年ぶり。母さんたちの葬式の日以来だった。少し寂しかった。朝食後、スマホに2件通知が来た。今やほとんどの病院で普通にスマホが使うことが可能になった。医療機器の進化で電波による障害が出にくくなったのが理由である。だからこうして普通にスマホを使うことができている。今の時代これがないと不便でたまらない。スマホ依存とよく問題になるが制限しろという方が無理だ。1つ目の通知は母さんからだった。溜め込んでいた仕事があるから今日は夕方にしか行けないということだった。2日も自分につきっきりだったから仕方ない。意識も戻ったし安心して仕事に集中できるかな。2つ目は結さんからだった。お店はしばらく休み。今日の午前中に真由さんと話すようだ。メッセージと一緒に一枚の写真が送られてきた。その写真を見て、自分なりの答えが出せたのだなと安心した。

中村先生と日向さんがお見舞いに来てくれた。ちょうど日向さんに話しておきたいことがあった。

「日向さんお願いがあるのですが。」

「中村くんから聞いているよ。大丈夫。止めはしないよ。」

「ありがとうございます。真由さんの病室聞いていいですか?」

真由さんは大きな怪我はなかったが大事をとって入院している。怪我よりもおそらく精神的なダメージが大きいだろう。自分が会いに言っていいものか迷ったがこれからのためには必要だと思った。

「君が会いに行くのかい?真由をよこすけどいいの?」

「自分が真由さんに話があるので自分から行くのが筋だと思います。拒否されてこないってことも考えられますから。自分も動けないわけではないですしね。でもあらかじめ真由さんに伝えておいてください。」

「わかったよ。任せる。」

「ありがとうございます。いざとなれば中村先生に入ってもらいます。安心してください。」

「期待してるよ。」

自分が出るまでもなく、結さんとの話し合いでなんとかなればいいのだが、自分と真由さんの関係改善には至らない。真由さんの自殺は結さんで十分防ぐことは可能だ。だがまた、自分の影響で2人の関係が崩れないとも限らない。これからもここにいるには必要なのだ。

そろそろ結さんと真由さんの話も終わったかな。お昼ご飯が運ばれてきた。

「花屋さんが経営してないと、お昼休みに休憩するところがないのよね。」

いつも花屋に休憩に来てくれる看護師さんだった。

「すいません。すぐに元気になって開けられるようにしたいですね。」

「お願いね。でも無理はしないこと。けが人なんだから。」

「ありがとうございます。今度から自分の妹も働き始めるのでお願いしますね。自分よりできる子なんで期待してくださいね。」

「あらそうなの。期待しちゃお。」

そういって看護師さんは自分に手を振りながら病室から出て行った。明るい人だな。この病院には本当にいい人が多い。昼食を食べ終わると、佐藤さんが部屋にやってきた。お見舞いなら出来るだけまとめてきてほしいものだ。

「案外元気そうじゃない。4階の高さから落ちた人間だとは思えないわ。」

どうやら心配してきてくれたわけではないようだ。

「真由さんに自分のこと教えたのは佐藤さんでしたよね。」

「もう随分と警戒されるようになったわね。真由ちゃんに求められたから仕方なくてね。真由ちゃんは結ちゃんのこと大好きだから。」

「どこから仕入れたのかはわからないですけどあまり他の人に言わないでくださいね。」

「わかっているわ。個人情報をあんまりベラベラと喋らないわ。」

この人がどこから自分の情報を得たのかはわからないが、注意してみておいたほうがいいだろう。

「似てますね。自分たち。自分と同じものを感じます。」

「そうね。似た者同士仲良くしたいわね。」

仮面の被り合い。本質なんて見えてこない。似た者同士は確か。仲良くは・・・おそらくできないとは思う。

「真由ちゃんの元に行くのよね?」

「そうです。自分がここで働くために。」

「結ちゃんはあなたと関わって確かに変わったわ。明るく、人との関わり方も上手くなった。でもね、誰もがそう変われるものでもないのよ。結ちゃんより真由ちゃんは手強いわよ。」

「自分が真由さんを変えるわけではないですよ。変わるのは真由さん次第ですし、もし変えるきっかけになるのは紛れもない結さんですよ。」

「そうね。彼女を変えるのは結ちゃんしかいないかもね。だから、結ちゃんに先に行かせたんでしょ?私があなたでもそうするもん。」

「そうですか。」

佐藤さんはただ話しにきただけなのかそれとも念押しにきたのかわからない。

「まあ問題は起きないと思うわよ。君の選択は間違っていないもの。ただあの2人を傷つけることがあるなら容赦はしないわよ。」

「極力はそうしますけど、条件次第ですね。もし、結さんたちがうちの2人を傷つけることがあるなら容赦はしません。」

「それはお互い様ってことね。いいわ。」

「佐藤さんって読めなさ過ぎですよ。なぜか、結さんたちのことを自分の真心たちみたいな感じで思ってるってことはわかってますけど。」

「違うわよ。あなたたちはもっと深い関係性でしょ。私は真由ちゃんたちとは秘書と娘さん。繋がりの強さが違うわよ。あなたが最も大切にしてるものじゃない。」

「どこまで知ってるか不安になってきました。」

「さあ。あなたのこと調べてはいるけどどこまでが真実なのかわからないしね。その様子だと調べたことはあったっているようだけど。」

「聞いたわけではないのでわかりませんが確かな情報だと思いますよ。」

「そうよかったわ。」

佐藤さんと話しているとスマホに通知が来た。結さんからだった。

「結ちゃんから?」

「そうですね。終わったみたいです。よかったって来てましたよ。」

「そう。安心したわ。ありがとね。」

「自分は何もしてないですし、何も終わってませんよ。佐藤さんも手伝ってほしいくらいです。」

「私の出る幕はないでしょ。十分上手くやっていると思うわ。」

「ありがとうございます。

「私もそろそろ時間だから。感謝してるわ。これは本当よ。2人を助けてくれてありがとね。」

そう言い残して佐藤さんは部屋を出て行った。そろそろ自分も動こうかな。重い体を無理やり起こして真由さんの元へ向かった。午前中のうちに日向さんから聞いていた病室に向かう。確か4階の一番奥の個人部屋。4階は日向さんが担当している子供達のフロアだ。真由さんの病室に着き、扉をノックした。

「あいてるよ。早く入りなさい。」

訪ねてきたのが誰だかわかったような口ぶりだった。そういえば朝のうちに日向さんに頼んでいたな。

「失礼します。」

真由さんの病室に入ると、ベットの横にある花瓶には結さんが持ってきたであろう季節外れの向日葵が美しく咲いていた。

「お礼は言わないから。結がきたわ。あなたの差し金だったのね。」

真由さんの顔は泣いていたのであろう、肌が少し赤かった。

「話し合ってくださいとは言いましたけど、こう言えとは言ってませんよ。全て結さん自身の言葉です。花も持って行ったらとも言いましたけど、向日葵を選んだのは結さん自身です。」

真由さんは結さんが持ってきた向日葵を見て、

「あの子向日葵嫌いだったのに、どうしてかしらね。嫌がって病院にも入らなかったのに。」

向日葵を選んだ理由は言ってなかったようだ。

「向日葵に結さんは自分を重ねていたらしいですよ。太陽に憧れて諦めた向日葵と。自分が憧れていた真由さんと自分との差に苦しんでいたんです。その過去との決別のために選んだんだと思いますよ。」

「そうなんだ。知らなかった。あの子のこと自分が一番理解していて、あの子のためにって行動してきたつもりなんだけど。うまくいかないものね。あんたみたいに人の気持ちがわかればそんなこともなかったのかな。」

「自分も人の気持ちなんてわからないですよ。自分はただ人の特徴をとらえることが得意なだけで、そこからあとはあくまで推測です。自分が思った通りに物事が動くことなんて稀です。100%他人のことを理解するなんてできないですよ。だから話し合うんだと思います。少しでもお互いのこと理解するために。話さなきゃわからないことだらけです。」

だから結さんと話し合って欲しかった。大人になるにつれて会話も減ってくる。恥ずかしがらずに話すっていうことが人間関係上必要なのだと思う。

「あんたと結が出会ってから結が変わっていくのがわかったわ。事前にどんな人が来るのか佐藤さんに聞いて、私はあなたを危険判定した。でも明るく、笑顔の増えた結を見ているとわからなくなった。1人自分だけ置いていかれているみたいで。次第に変わっていく結をみるのが怖くなった。あんたをどうにかすればまた前の結衣に戻ってくれて、自分のところに戻ってきてくれると思っていた。でもそうにはならなかった。結と喧嘩した時にもしかしてこの子をダメにしてるのは自分なのか思ってしまったの。いつまでも自分の後ろについてきてくれている結じゃなくなっていた。そこから孤独になる怖さを知ったわ。これが続くなら死んだ方がマシだと。だから死のうとしたの。」

人間は繋がりの中を生きている。それは自分がよくわかる。2度の親との別れ、大切なものを失うことを経験したからこそ。孤独がどれだけ恐怖なのかはよく知っている。

「あんたの論文、あんたがまだ目覚めていない時に読ませてもらったの。『人を自分の手を下さずに殺す方法』だったけ。殺すのではなくて死ぬように誘導する。いわゆる自殺に追い込むこと。あんたはその対象を孤独にすることで死に追いやるっていう内容だったわね。他にも色々と方法があったし、論文としては完成度が高いものだったと思う。今ならわかるわ。孤独に耐性がない人は死んだ方がマシなんだもの。今回の私も論文で言っていたように進んだものね。だから問題になったのね。あんたの論文。」

そう。大学時代は常に自分の過去と向き合っていた。そのために知識を集めた結果、あの論文を書くことができた。人のためになるとかそういうことは二の次に、自分のための論文だった。実際に行動に移そうと思うとかなり長い時間がかかるし、自分に降りかかってくるリスクについても述べていたから実用性は自分にはないと思っていたが他の人から見るとそうではないらしい。今現在誰とでも繋がることができる環境に慣れてしまっている人間にとっては耐え難い苦痛らしい。真由さんのように短な誰かに依存してしまうタイプも例外ではない。自分もそうだ。

「そうですね。この論文は自分のことでいっぱいいっぱいの時に書いてましたから。教育実習の失敗で改めてという時でしたし、他人のこと考える余裕はありませんでした。悪用されるとはこれっぽちも考えてませんでした。結果的にか却下されてよかったと思ってますし、自分から破棄してくださいとは言ってましたから残っているのがすこし衝撃的でした。この論文の内容を実行できるのは対象者と親密な関係か、身近にいる人間のみです。家族や友人、学校のクラスメイトなど、物理的もしくは精神的に近い人間に限ります。真由さんたちは無意識に自分の論文のような最悪の形に進んでしまいました。」

この方法は身近な人間にしかできない。直接的に関わっていなくても間接的にでも接点がないと不可能な方法なのだ。自分の場合、真心と愛にこの方法を取られてしまったらおそらく論文通りにことが進む。密接であればあるほど、自分が相手を思っていればいるほど確率は高くなる。

「だからなのかもしれないです。真由さんの手を離さなかったのは。今考えると、自分が建てた仮説が証明されるのが怖かったのかもしれないです。結果的に証明してしまったのかもしれないですけど誰も死んでないのが自分の中では幸いでした。自分勝手なエゴですけどね。」

「あんたやっぱ変だわ。本来なら私のこと責めたりしてもおかしくないのによかったなんて。私のせいで死にかけたのに。」

「変は自分にとっては褒め言葉です。人と違うことはそれだけで自分の価値になりますから。真由さんのせいでなんて思ってないです。死にかけたのは事実ですけど、追い込むきっかけになってしまったのは自分ですしね。お互い様ですよ。」

「やっぱり変だわあんた。でも、ただの危険人物とは思わなくなったかな。ただあんたはお人好しの変人。笑っちゃうわ。こんな人間を緊張感持って警戒してたことが。結があんたに心開くのわかった気がする。」

初めて見た。真由さんが笑っているところ。笑った顔は姉妹揃って子供っぽかった。女性は年齢でかなり性格も顔つきも表情も変わるから。まだこれから大人っぽくなっていくのかな。母さんはいつになっても子供っぽい笑顔をするから例外はあるのかもしれないけど。何より真由さんの表情が柔らかくなってよかった。

「大丈夫そうですね。その顔見て少し安心しましたよ。」

「そうねあんたが考えてたことにはならないわね。でも、寂しいな。結が自分のもから離れていくのを実感するのは。これが親離れってやつなのかな。」

自分から目をそらしさっきまで笑顔だった顔に一つの雫が伝っていった。

「離れませんよ。結さんは今回で真由さんの弱い部分を見てましたから。人は強い部分で繋がるよりも弱い部分で繋がっていた方が強く繋がれます。自分のこと必要だと相手が思っているのがわかるからです。人間の弱い部分は最も強いもののタネになります。本当に強い人は自分が弱いことを知ってる人です。真由さんには結さんが必要ですし、結さんにも真由さんは必要です。1人では生きられないんですから他の人に依存することは仕方ないのかもしれません。一方的ではなくてお互いに依存し合えばそれは何より強い繋がりですよ。結さんももう大人ですし、もっと頼ってもいいと思いますよ。」

「結にも同じこと言われたわ。もっと頼ってって。そうね。じゃあ、少しだけあんたのこと信用してみようかな。結が信用していることだしね。でも変のことするなら私は結と違って優しくないからすぐにここから出て行ってもらうからね。」

「わかりました。信用を裏切らないために頑張ります。じゃあ最後に念押ししておきます。自殺は殺人と変わりませんよ。せっかく命の大切さが感じられる職業なんですから自分の命も大切にしてください。命を真っ先に抱きかかえる職業の人が命粗末にしたらダメですよ。」

「そうね。忘れてたわ。自分がなぜ産婦人科を選んだのか。」

「せっかく素晴らしい職業に就いているんですから、もっとその意味を考えてください。では自分はここで失礼します。」

そういって自分は真由さんの病室から出た。

自分の病室に戻ると結さんが扉の外で待っていた。

「結さん中に入ってください。」

結さんと一緒に自分の病室に入った。

「お姉さんと話してきました。もう大丈夫だと思います。」

「お姉ちゃんと初めてこんなに話したと思う。あんなに弱った姿も初めて見たし、あんなに私のこと思ってくれているなんてわからなかった。」

「人は自分に向けられている思いになかなか気づかないものです。仕方ないですよ。他の人から見るとあからさまでも当人にとっては当たり前のことだったりしますから。当たり前に受けていた思いに気付けるのは失ったり弱ったりしたときくらいですから。」

「ほんとそうね。私はお姉ちゃんから受けている思いに気が付かなかった。その思いに応えてあげることができていなかった。まだ間に合うかな?」

「きっと間に合いますよ。その思いに気づけたのなら、きっと。」

「そうだよね。ありがと。頑張るわ。」

そういうと結さんは満面の笑みで自分を見てきた。

「そういえば、お姉さんに送ったのは向日葵だったんですね。」

「そう。憧れは私の中から離れたから、それを送ろうかなって。」

「いいと思います。自分もそうしたほうがいいと思っていましたから。」

「やっぱりね。少し誘導されたような気はしてたのよ。でもおそらく自分だけで選んだとしても同じ選択だったと思うわ。」

「結さんは向日葵が花を咲かせるとき太陽になることを諦めたと言っていましたが自分は諦めたのではなくて同じように輝こうとしたんだと思います。太陽にはなれないけど同じくらいここで輝いてやる、だから太陽を追うことをやめて自分で輝くために大輪の花を咲かせる。憧れが尊敬に変わっただけです。それに太陽は一つしかありませんし、近づいたら何もかも燃えてしまいますけど、向日葵の周りには色々な生き物や植物がいる。近寄ってきてくれて、自分この戸を綺麗と言ってくれる人がいる。太陽の孤独を知ってみんなと生きていくことを決めた花だと思います。」

大きな輝きは身を焦がすことがある。誰も近づくことができなくて孤独になる。人間でも同じことがある。輝けば輝くほど後ろは濃く暗くなる。だからこそ弱い部分を見てもらうことは大事で、恥じることではない。輝きがあればあるほど。

「寛くんらしい答えかもね。」

「少し後付け感ありませんでしたかね。あと少し臭いセリフな気がします。」

「いいじゃない。どんな考えであっても、寛くんのものなんだから。確かに少し臭いセリフだけどその言葉は十分に私に届いたから。じゃあもう帰るね。店は1週間私がお昼だけ営業して、寛くんと愛ちゃんがきたら通常営業にします。それまでちゃんと休むこと骨折してもできることはあるから来てもらうからね。お大事に。」

結さんは出て行った。窓を開けて少し換気をした。新しい風が入ってきてそれにつられて数枚散った桜の花びらが部屋に入ってきた。

翌日。退院の時。

「皆さんありがとうございました。お世話になりました。」

「こちらこそありがとう。決して無理しないこと。まあ佐々木さんがいるから大丈夫だとは思うがね。」

「それと日向さん。正式に依頼を受けたいのですが。」

「そうかい。なら再来週からでいいかな必要なものがあったら言ってくれなんでも用意するから。」

「ありがとうございます。」

先に車の中で待っていた母さんが自分を迎えに来た。

「ほらいくよ。今日の午後には帰ってくるから。」

「わかった。」

体はまだ痛い場所はある。でも、少しだけ体は軽かった。

「思いの外元気だね。体は痛いはずなのに。」

「彼にとって体の痛みなんてどうでもいいんです。怪我はすぐに治ります。でも、精神的な傷は自分の過去と一緒に一生背負わなくてはいけないものだと彼は知っている。それに今から帰ってくるのは彼の傷を癒してくれる人たちです。彼も今まで孤独と戦ってきた者ですから1人でないということの価値がどれほど大きいものなのか知っています。」

「随分と大人びた子だね。まだ22歳だろ。精神はまるで50歳みたいだよ。」

「そうでもないですよ。彼の精神はまだ子供です。だから、頭を使って自分のことを守る。自分が傷つくのが怖いから。かなり身勝手な子供です。でもだからこそ少し人より言葉に力があるんだと思いますけどね。」

「今日はいつも以上に冷静に彼のこと見てるじゃないか。彼のことが少し精神科の医師として羨ましいのかい?」

「いいえ。彼のことを羨ましいと思ったことはありません。むしろ、ああなりたくはないです。自分は耐えることができそうにありませんから。」

「そうかい。なら自分でできることをしようか。」

「そうですね。」

5日ぶりに家に帰ってきた。家の中は意外にも片付けられており母さんが頑張ってくれていたのだなと少し感動した。よく見ると母さんの手は少しあれていた。しばらく、荷物の整理をしているとチャイムがなった。帰ってきたのかな?玄関に向かうと鍵が開いた。

「おかえりな・・・。」

そう言いかけると同時にお腹に強い衝撃が走った。

「おかえりじゃないもん。にぃにが死んでたらやだもん。心配したから。」

愛が自分に向かって勢いよく飛びついてきた。まなは自分よりかなり小さいくて軽いので吹っ飛ばされることはなかったが流石にちょっと痛かった。

「ごめんよ。」

そう一言言って愛の頭を右手で撫でた。愛の後ろにはもう1人鼻水を垂らして泣いている真心がいた。愛より身長が高くスラッとしていて落ち着きのある印象だ。愛が抱きついているから我慢している感じだった。真心に手招きをすると愛の上から自分に抱きついてきた。

「ばか。」

と、ひとこと。自分の肩に顔をうずめて泣いていた。

「真心、愛、ここ玄関だから。」

「うるさい。少し黙って抱きつかれてろ。」

愛に言われ仕方ないく2人が離れるのを待った。少しすると遅れて父さんがきてようやく2人は離れてくれた。

「じゃあ改めて、おかえりなさい。心配かけてすいませんでした。」

と、3人に向けて頭を下げた。

「そうか。退院できたんだな。よかった。今回のお前の行動は英断にはなるかもしれないが我々からすれば決して褒められることではない。ちゃんとこの2人に説明すること。誠心誠意をもって謝罪をしなさい。まあ、とにかくお前が生きていてよかった。ただいま。」

父さんは自分の頭を撫でて家の中に入っていった。少し厳しいようだが自分に対しての愛情を感じられるものだった。頭を下げていた自分の目は少し涙ぐんでいた。父さんが家の中に入り、残ったのは真心、愛、自分の3人。兄弟でありながら恋人でもある3人。なんか気まずい。1ヶ月以上も合わなかったり、連絡を取らなかったのは初めてだったから。

「じゃあ、心配させた罰として片付けるの手伝ってね、にぃに。」

そういうと愛は自分の部屋に身物を置きにいった。愛に続いて真心も、

「手伝ってね。」

といって自分の部屋に向かった。

うちの家族の性格は極端で、母さんと愛が似ていて、父さんと真心が似ている。人と話していても明るく目立つタイプの愛とあまり自己主張しなくておとなしいタイプの真心。タイプが違うからこそ自分たちはうまくいっていると思う。

2階の自分の部屋を真ん中に右に真心、左に愛。自分の部屋が一番広く、2人はいつもここにきてくつろいでいる。まあ恋人でもあるからそこそこ経験はしている。父さん母さんがいるときは流石にしないが。まずは性格上、後回しにすると怒る愛の方に行くことにした。

「入るよ。」

ノックをして愛の部屋に入る。部屋は荷物が散乱しており、足の踏み場がない。女性なら見られたくないものもあるだろうと愛に言うが、にぃにならいいといって愛の部屋は自分か真心が片付けている。片付けたいのだが愛が背中にくっついていて片付けにくい。

「愛、片付けにくいよ。早く済ませよ?」

「いいじゃん、罰なんだから。やって。私はここにいるから。」

仕方なく自分が全て片付けた。その最中も愛は自分の背中から離れなかった。1ヶ月の荷物は相当な量だった。片付けるのに1時間はかかった。一応怪我人なのだがと言いたくなるが、罰なら仕方ない。愛はよく甘えてきてくれる方だがいつもよりも力が強くて長い。相当心配かけたんだな。

「ごめんな。心配かけて。」

愛を抱き寄せて頭を撫でた。

「もういい。にぃにが生きていてよかった。もう会えないかと思った。」

10分くらいお互い何も話さずにそのままの体勢でいた。

「にぃに、そろそろねぇねのところに行ってあげて。ねぇねほとんど寝てないから。今はメイクで誤魔化してるけどここ数日間目のクマがひどかったから。」

「わかったよ。ありがと。」

少し離れて、愛の頬にキスをして部屋を出た。心なしか愛の顔が赤かった。なにをいまさら恥ずかしがることがあるのかと思ったが突然されたのでびっくりしたのだろう。

愛の部屋に1時間以上いたのでおそらく真心の片付けは終わっているだろうが一応行かなければ。真心はあまり表情を出すタイプではないし、人を心配させることはほとんどしない。その分悶々と1人で考え込んでしまって体調を崩すことがよくあった。自分がこの家に来てからは自分がそばにいて変化に気づいて話を聞いていたのであまりなかったのだが今回は自分が原因なので心配だ。

「真心、入るよ。」

扉を開けると真心がいきなり抱きついてきた。部屋を見渡すともう片付いていた。ほとんどの家事ができる真心だがなぜか料理だけが絶望的にできない。包丁とか油とか火が怖いらしい。

「真心、ごめんな。」

真心は何も答えない。服が湿ってくるのがわかる。30分立ちっぱなしで真心は動かなかった。

「寛は私が守るの。守っていくって約束したの。」

普通に見ると口数の少ない真心は大人っぽく見えるのだがどちらかと言うと子供っぽいところが強い。独占欲が強くて依存しやすい。自分と愛のことを認めたのは少し驚いたが真心にとっては愛のことも大切なのだろう。愛のことも大切だからこそかなり大胆な提案をたまにすることがある。愛は真心がこう言う性格だと知っていたから自分がもっと一緒にいたいところを我慢してこっちに自分をよこしたのだと思う。愛の方が性格は大人っぽいのかもしれない。

「真心上むいて。」

真心が上を向くとゆっくりと口を近づけて接した。

「大丈夫。生きてるよ。こうやって直接触れることも体温も感じることができる、涙も直接拭き取ってあげることもできる。俺も今回のことで今が自分にとって幸せなんだって思ったんだ。守ってあげるのはお互い様。支え合わなきゃ。まだこれからも長い時間一緒にいるから改めてよろしくね。」

真心は何も答えないが顔を自分の胸に埋め、縦に顔を動かしていた。

詳しい話は2人を読んで自分の部屋でした。ここの方が落ち着けるから。改めて頭を下げて謝った。2人は許す、許さないではなく、結衣さんや真由さんのことに食いついた。少し疑いの目を向けられたが、心配ないし、何より両者とも自分たちの関係を知っていると伝えたら安心していた。愛が自分と一緒に働くと聞いて愛は喜んでいたが真心は少し剥れていた。

夕食は自分が作れない代わりに母さんが作ってくれた。精一杯作ってくれたのだと思う。キッチンがかなり散らかっていた。料理ができないのが少し辛かった。

「寛が作るよりも美味しくはないけど頑張ったから食べて。」

確かにすこし味は濃かったが、十分美味しかった。父さんは嬉しそうにいつも以上に食べていた。食後、真心と愛を先に部屋に戻し、父さんと母さんとの3人で話すことになった。

「これで2度目だね。約束破ったのは。愛の時と今回。」

父さんが話を切り出す。

「すいません。」

「ここにきた時のこと覚えているよね。君は契約書を自分で作ってからここにきた。そこには家事全般をする代わりに自分の目の前からいなくならないでほしい、真心と愛を命がけで守らせてほしいだったね。この時の私はこの契約書をその場で破り捨てた。それは交換条件じゃなくて普通の家族として寛を迎えたかったから。それと、いなくならないのは物理的に無理だと思ったから。だが代わりとして約束をした。その内容は覚えてるよね。」

当時中学3年生だった自分は、つたないながらも自分なりに考えて契約書を作った。血縁関係のない家に入るのは少し怖かったから。捨てられるかもと考えてしまったから。

「1つ目は義父義母ではなく本当の父母と思うこと。2つ目は真心と愛を幸せにすること。3つ目は迷惑をかけること。最後に自分の命を大切にすることです。」

「今回はどれを破ったかな?」

「2つ目と最後の4つ目。」

「わかっているならいい。もう戻っていい。ただし約束に1つだけ加えさせてくれ。5つ目は自分が信じた道なら死なない程度に無茶しなさいだ。私たちより先に死なないでくれな。お前はもううちの子供で私たちの宝物なんだから。」

「はい。」

そういって自分の部屋に戻った。

骨折というのはこうも生活が不便になるのか。風呂に入るのも服を着るのも一苦労。なんとか真心と母さんの介抱あってできてはいるが。ちなみに愛もやると言ったのだがすこし雑で母さんからクビが言い渡されてみんなで笑いあった。

梅雨前の快晴。庭に白い紫陽花が輝いていた。春先に母さんが植えていた向日葵も芽を出して、太陽を目指して伸びていった。これから太陽に負けない、地上にある暑くなく誰にでも触れられる太陽を咲かせる準備をしていた。