日を追うごとに店の内装はできてきた。次々に送られてくる大きな荷物を自分が店の中に運び、結衣さんがどこに置くのかを決める。自分は結さんの指示通りに物を運んでいった。最終日の7日目には全体の雰囲気ができてきた。花壇の配置や、種類別に綺麗なグラデーションになるように並べていった。背景が黒一色なので花の色が良く映える。なんとか店らしくなってきたが、正直まだ片付いていないところの方が多い。この時点で日はもう傾き始めていた。時刻は6時を少し超えたくらい。

「後は私が少し調整するから帰っていいよ。」

「いやまだ終わってないので手伝います。せっかくここまでやったので最後までやらしてください。」

本当は帰りたいのだが、ここまでやったのに最後までやらないのは、プライドが許さなかった。2時間後にはあらかた片付き、なんとか間に合いそうな雰囲気になってきた。

「もうこれくらいにしてもう8時だから明日からちょっとずつ整理していくことにしたから。今日はもう帰っていいよ。」

「わかりました。」

「明日は10時オープンだから9時にはこっちにきておいて。制服はこっちで用意してあるから、つき次第奥の部屋で着替えて。」

「わかりました。明日からお願いします。」

「ん。」

話し方は素気なかったが結さんはどこか嬉しそうだった。自分の店が完成して嬉しかったのだろう。

翌日、少しの緊張感を持ちながら、店に向かう。朝食もしっかり食べたし、睡眠もしっかりとった。トイレも済ませ、コーヒーと栄養剤も飲んできた。何かが始まるのはいつも緊張する。緊張しいの自分を落ち着かせるため、8時半には家を出た。季節的なものもあり桜が咲いている。桜の好きな日本人は多いだろう。自分もそのうちの一人だ。かわいい花の割にどことなく色気がある。幼い顔なのに特殊な性癖がある子みたいだ。いわゆるギャップ萌えというやつだろう。今年は4月に雪が降るなどして、開花がかなり遅れた。今朝のニュースでは例年より1週間ほど遅れているらしい。異常気象だと騒ぐ人もいるが自分的には大した問題ではないと思ってしまっているところもある。気候の変動なんか長い歴史上何度もあっただろう。その時代に生きているだけ、それだけのこと。人間の進化も自然の一部なら、科学の発展も自然なことなのだろう。自然についていけていけない生物が絶滅していく。少し冷めた残酷な考えだろう。命を軽視するわけじゃないが、生きている以上仕方ないことだと思う。こんなことを考えながらゆっくり通勤路を歩く。

店に着き、結さんから制服を受け取り、店の奥で着替える。店名はHearing of flowers。日本語で「治癒の花」という意味だ。病院の敷地内にあるのだからこういった名前になるのだろう。お父さんの患者さんのお見舞いに来る人が花を買うための店らしい。別に外部からのお客様を拒否するわけではないがそこまで多くの人が利用するわけではないだろう。花の種類も豊富で、いろいろなニーズに応えられるようになっている。季節問わず好きな花を買えるように造花も用意してある。しかし、この花屋には決定的に足りないものがある。人手もそうなのだがある花が置いていない。

「あのー、なんでここまで種類が豊富なのに、向日葵だけないんですか?」

向日葵といえば誰でも知っていて、花の特集を組んだ雑誌などで好きな花ランキングの中の上位にありそうな花だ。いわば花界のヒットメーカーのような花なのにそれがない。収益になりそうなのに。

結さんは難しそうな顔の後、ため息をつきながら、

「私あの花嫌いなの。昔の自分を見てるみたいで。向日葵の花言葉って知ってる?」

「確か憧れでしたっけ?」

「そう。正解。向日葵は太陽に憧れた花なの。姿形を似せて、蕾の時には太陽を追うように首を振って、自分は太陽にはなれないと悟ったように花をさかせ、太陽を見ることも諦める。そんな花なの。憧れから逃げた花の花言葉が憧れってなんか滑稽じゃない?」

「そうなんですか。」

結さんは思ったよりも饒舌に話した。まだ色々と聞きたいこと、引っかかっているところはあったのだがあまり深く踏み込むと怒られそうなのでやめた。ていうか目の前にある病院の名前がひまわり総合病院なのだが・・・

開店準備が終わり、いよいよオープンと行きたいところだが、ひとまず病院の医院長である結さんのお父さんにあいさつに行くことにした。結さんはもう挨拶は済ませたらしいので一人で行くことにした。初めて会うので緊張する。一応お得意様?の大ボスにあたる人だ。親族の人、母の顧客とはいえ失礼のないようにしなければ。母の評判も下げかねない。ここで自分に悪い評判がついたら色々と困る。ここで少しだけやった就活の経験が活きてくるのだろう。就活生に戻った気持ちで行かねば。

病院に入ると大きな向日葵の絵が飾ってあった。3年前に母さんがかいた作品だった。確か値段は普通に3桁はくだらないものだったと思う。病院の名前にもぴったりの作品だった。最上階の4階の医院長室に案内してもらい、慎重に扉を開けなが中に入っていく。

「おお!!会いたかったよ!!君か!!佐々木さんの家の子は!!」

「はい。寛と言います。」

「おお!!そうかそうか!!さあ緊張しないでここでくつろいでくれ。」

「はあ、失礼します。」

と、医院長室にあるいかにもたかそうなソファーに座る。

「おーい。コーヒーを用意してくれ。早急にだ!!」

「あ、いえ今日は挨拶をしに来ただけですし、何より結さん待たせてしまいますし。開店まで時間が、、、」

「いいのいいの気にしないで。そこらへんはあの子も理解してここに来させてるはずだから。それに開店したばかりじゃ客もあまり来ないだろうし。そうだ!結の姉も紹介しよう!おーい。真由を読んでくれ。」

「わかりました。コーヒーにはミルクとかいりますか?」

「あ、、、いや入れないです。」

圧倒される勢いで勝手に話が進んでいく。親子なのに全く似てないな。まあここまで話す人が親だったら静かになるしかないか。饒舌な親を持つと子供は無口になるって聞いたことあるしな。家の中でうるさいのが2人以上いるとやかましくてたまらないからな。と思っていると、

「コーヒーの準備ができました。」

「ありがとう。ここに置いてくれ。」

「ごちそうになります。」

猫舌の自分はフゥフゥと両手でコップを持ちながら必死にコーヒーを冷ました。

「あら可愛い飲み方するのね。」

お父さんの秘書の方に言われた。恥ずかしい。子供の頃からの癖なのでもう治ることはないだろう。

「いいことだよ。熱いものを暑いまま飲んでしまうと食道癌になるリスクが増えるからね。君にはその命大事にしてもらいたいから。」

少し雰囲気が変わった様子で自分に話しかけてきた。母から色々と聞いていたらしいが、まあ、減るものでもないしいいのだが、気を使われるのは癪に触る。

「真由さんがきましたよ。」

「失礼します。真由です。入ります。」

「おおー入れ入れ。じゃあ真由にもコーヒーを。」

「了解しました。真由さんは確か砂糖とミルクも必要でしたよね?」

「はい。よろしくお願いします。」

「では、改めて長女の真由だ。ここで産婦人科として働いている。真由も、こちらが佐々木さん家の寛くんだ。今日オープンの結の店で働くことになっている。」

「そうなんですか、、、よろしくお願いします。」

「あ、こちらこそお願いします。」

お姉さんはあまり自分を歓迎しているようには見えなかった。そもそも人付き合いが苦手なタイプだったのかもしれなかったが、どこか冷めた目で自分を見てきた。目の前にいるやつなんかよりもっと別の誰かを見ているようだった。

「挨拶も済んだので、すぐに診療に戻ります。失礼します。」

そういってお姉さんは出て行った。この姉妹は・・・

「すまんなぁ。どうもうちの姉妹は人見知りが激しいらしくてなぁ。早くに母親を亡くしているからかもしれない。真由に関してはあまり手のかからない子だったし、結のことしっかりと面倒を見てくれる優しいお姉ちゃんだったけどね。まっまぁ、暗い話は置いておいて、今日から結のことよろしく頼むよ。あの子はああ見えても優しい子なんだ。」

「はあ、そうなんですか。」

「君から見てどうだいあの子は?お母さんから君は人を見る目があると聞いていてね。人をみすぎて人間不信なところが惜しいところらしいけど。」

余計なことまで言ってしまうのが母の悪いところだ。人を見る目があるとだけ言えばいいものを、短所まで言ってしまう。母らしいと言ったら母らしい。正直嘘をつくのは得意だがお父さんは自分にはいい印象があるっぽいので正直に話した方が今後の関係性で役に立つかもれない。変に嘘をつく方が後々めんどくさそうだ。

「そうですね。正直ここまでの印象はあまりよくはないです。」

「おう、、、実の親を目の前にして結構なこと言うじゃないか。」

「いいえ、下手に嘘ついてもいいことはないかと思いまして。」

「そうか。なら続けてくれ。」

「人見知りもかなり激しいですし、態度はそっけないです。質問しても一言しか帰ってきません。本当に接客業をしようとしている人なのかなって思いました。それと、」

「も、もういいよ、、、いいところはなかったのかな?」

「もちろんありましたよ。少しばかりの気遣いも見えました。特に結さんは見えないところでの努力があるんだと思います。努力を人に見せたくないといいますか。開店にあたっての準備は何も店頭のセッティングだけではありませんし、様々な書類の準備は全て自分でやってたみたいですしね。」

「そうかそうか。」

お父さんの顔がかなり満足げだった。ニヤニヤしてる。

「何より結さん綺麗ですし。」

「あれ?寛くんもしかして結のこと狙ってる?」

「そんなわけないじゃないですか。それに自分には、、、」

「そうなんだよね。まあ寛くんがいいならいいんだけどね。」

「どこの馬の骨かわからない人間に可愛い娘やってもいいんですか?しかも結さんの気持ちも聞かなくても。」

「いいのいいの。多分君は結が好きなタイプの人間だから。君を採用したのもその証拠だよ。男の人となんか話しているところを私は見たことないし、色恋沙汰の噂も聞いたことないしね。どこの馬の骨かは、君のお母さんからいろいろ相談を受けていたから分かっているつもりだよ。お父さんとも仲がいいから君なら任せられると思ったんだけど、君には君の事情があるからねぇ。」

そんな話をしていると、結さんから連絡が来た。

『お父さんに捕まっているみたいだね。

帰ってくるついでに病院内での放送かけて。

よろしく。』

『わかりました。営業時間と場所だけでいいですよね?』

『いいよ。』

『了解です。』

頻繁に連絡が来るわけではないが、ちょくちょく連絡が来るようになった。こっちから連絡することはまずないが、自分のスマホに通知が来ことがあまりないので少し嬉しい。業務連絡ばかりだが。

連絡先は100人以上持ってはいるのだが中学高校大学の友達とは連絡を取ることはない。もともと人付き合いがいい方ではないし、大学時代もレポートの期限や、提出物の内容など業務連絡でしか使っていなかった。今もあまり変わってはいないのだがスマホゲーム以外でスマホを開く理由があることが嬉しかった。

「結からかい?」

「そうです。病院内で花屋の宣伝をしてほしいと言われまして。放送してもよろしいでしょうか?」

「そうかそれなら、うちの秘書に頼もう!!君とはもっと話したい!!おーい!!館内放送で花屋のこと宣伝してくれ!!」

「はぁーい。」

扉の奥から声がする。まぁなんとかなりそうだ。とは言ったものの、いい加減戻らなければならない時間にはなっている。

「しかし、もうそろそろ戻らなければいけないので失礼しようと思います。話はまた今度でお願いします。結さんも交えてお話ししましょう。」

「そうか。仕方ないかな。残念だがまた今度、時間のあるときにでも色々話させてくれ。君には色々と期待してるから。君に頼みたいことが色々あってね。面白い発想を持っていて、なおかつ、人を見る目もある。負担をかけることもあるかもしれないが結のことよろしく頼むよ。」

「はい。こちらこそ全力を尽くします。よろしくお願いします。」

頼みたいことがある、というのが引っかかったのだが、教えてもらえそうもなかったので聞くのは今度にしよう。何より時間がない。開店してから1時間も結さん一人に任せてしまっている。はやく戻ってこいとかの連絡がない分、後で何言われるかわからない。急がなければ。

『皆さーん!!今日から医院長の娘さんのお花屋さんがオープンしまーす!!是非足を運んでみてくださーい!』

随分と明るい告知だった。あの秘書の方、かなり明るくて有名らしい。医者で秘書をつけるのはなかなか珍しいらしいがそれほどお父さんは忙しい人なんだろう。一緒に仕事していて楽しそうではあるがしんどそうでもある。二人の性格だからこその相性があるのだろう。てか、今の放送の内容には頼まれていた営業時間、場所が含まれてはいなかった。確かにこういうことを言って欲しいとは言っていなかった。まあ、場所は病院内の駐車場の一角だし、営業時間は来ればわかる。問題はないだろう。結さんに今戻ることを連絡しよう。

『今から戻ります。館内放送は秘書の方がしてくれました。』

『そう。まだ人来てないからゆっくりしてればよかったのに。』

『お父さんなにか話したいことがあるって聞いてたから。』

『それはまた今度、ということになりました。』

メッセージを送っているともうすでに花屋付近についていた。

「遅くなってすいません。」

「別に。人来なかったからいいよ。」

そう言いながら、レジ横で本を読んでいた。この風景も見慣れてきた。絵になる。最初に会った時は殺風景だったが、今は花に囲まれているため、絵画のようだった。

「絵になりますね。」

「そう?ありがと。褒めても給料は上がらないからね。」

「いいえ、思ったことを言っただけですから。そんな腹黒くないですよ。」

「そう?むずかしい顔してること多いから、色々と考えてるのかなと思ったから。給料とかに不満があったら言っていいからね。」

「ないですよ。満足してます。」

「ならよかった。改めてよろしくね。」

「はい。よろしくお願いします。」

まだお客さんが来たわけではないが、家からも近いし労働環境は整っている。二人しかいないことは、最初の準備は大変だったのだが、これからバイトも募集するだろう。不満は現状ない。お父さんに挨拶まで行ったし、母のメンツもある。すぐにはやめられる環境ではない。

「そうだ。お願いなんだけど、そこにある花一色、病院に飾ってきてくれない?せっかくの太客が目の前にいるのにもったいないじゃない。お金は後でお父さんに請求しておくから。」

「は、はい。わかりました。病院側の許可は取れてるんですか?」

「さっき、連絡してOKだって。花瓶も用意してもらえるらしいから。」

「わかりました。行ってきます。」

「いってらっしゃい。」

籠の中にはかなりの量の花が入っていた。色とりどりの花が多かったが、そのほとんどが造花だった。なるほど、枯れたら縁起悪いし、何より色々な方が来るのでそこへの配慮かな。花粉症の人がいるのに花粉を振りまくのもよくはない。

病院前には秘書の方が待っていた。

「お疲れ様です。話は聞いているので、よろしくお願いします。」

さっき会った時とは違ったキャラで戸惑った。先ほどの陽気なキャラではなく、クールな感じだった。

「さっきとキャラ違いすぎません?」

「そうですか?どっちの方がいいとかあります?」

「変えられるんですね。なら、明るいキャラの方がいいですかね。クールな感じにされるとこっちが不安になります。」

「そーお?ならそうするね。」

女性は皆、女優というがここまではっきりされると怖い。あまり見たことがないタイプの女性だった。

「そういえばまだ名前お聞きしてませんでしたね。なんてお呼びすればいいですか?」

「うーん。佐藤でいいよ。」

「じゃあ、佐藤さんよろしくお願いします。」

「じゃあ、こっちは寛くんって呼ぶね。」

「早速始めますか。お昼前には終わらせたいですし。」

「そうだね。始めよっか。」

もうこの時点で11時をすぎていた。館内放送もしたし、お昼時になるとお見舞いに来る人も増えてくるだろう。今はまだあまり人が来てはいないようだが、結さん一人でさばききれないこともあるだろう。花を置くところは決まっているし、結さんがすでに仕分けしてくれていたので、あとは自分がどの場所に置くかを周りの雰囲気を見て決めるだけだ。

「じゃあまずは1階からねー。」

この病院は、7階建。1階には各診察室があり、平日の昼間なのにかなり人がいる。いつの時代になってもお医者さんという職業は忙しそうだ。2階より上には病室があり、年齢ごとに振り分けられるらしい。これは同じ年代の子が集まった方が明るく楽しく病院生活を送れるようにと結さんのお父さんの方針らしい。こどもの階の壁紙は明るく元気な感じ、大人の階にはシックで落ち着ける感じになっている。それぞれの階には母の絵が飾られている。相当な枚数があるので、相当母の絵が好きなんだろう。ありがたいことだ。改めて母の偉大さを感じる。

「じゃあ、この辺りにおいてね。」

そう言われながら各階の雰囲気にあった花をおいていく。雰囲気を壊さないように、また、花ばかりが主張しないように注意しながらおいていく。結さんも派手な花は選択しなかったようだ。オレンジや黄色など淡い色が多く選択されていた。この病院の医院長の娘なだけはある。1つだけ生花があり、これだけ場所が指定されていて、その場所は院長室だった。院長室は最上階にありその階は子供が多くいる階だった。それもそのはず、お父さんは小児科の名医だ。かなり有名な人らしい。全国からお父さんを求めて、患者さんが集まるらしい。院長室に入り、生花を置いた時に気づいた。籠の下の方に、請求書があり書き置きで『お父さんの机の上に置いといてください。』と自分に向けたメッセージがあった。請求書を置こうとしたら金額が少しだけ見えたが相当な額だった。

「じゃあ、これでおしまいね。お疲れ様―。」

「はい、お疲れ様でした。」

「意外に早く終わったね。花選ぶのも即決だったし。そんなに早く終わらせたかったの?」

「早く終わらせたかったのもそうですが、案内されながらイメージしてたので悩むことはなかったです。」

「案外こういったセンスを問われるものは悩むものだと思うんだけどなぁ。」

「母のおかげですかね。」

「そうか。ここの絵殆どお母さんの作品だもんね。センスはお母さん譲りかなぁ。」

「ここまでうちの母の作品を飾ってもらえて嬉しいです。でも実は自分絵がクソ下手くそなんで。」

「えー以外!!」

苦笑いをする。時間を見てみると11時半だった。今から行くとちょうどいいくらいだろう。

「では、ここに請求書置いておくので、医院長先生によろしくお伝えください。」

「りょうかーい。」

「では失礼します。」

そういって病院を後にした。

「今戻りました。お客さんはどうでしたか?」

「うん、もう10人くらい来店してもらったから。接客とかよろしくね。」

そういうと結さんはレジカウンターのところで本を読み始める。ここまでされると怒る気もないが、会計だけはしてくれるようだ。まあ、結さんの本業は花束作りなので、他は自分の仕事になる。

「いらっしゃいませ!!」

そういって、本来の業務を始めた。

開店初日は、40人ほどのお客さんが来てくれた。放送を聞いて来店してくれた方、お見舞いに来た方がプレゼントとして花を買いに来た方、昼休みの看護師の方が見にきたりと、初日にしては多くの人が来てくれた。

「おーい、やってるかー。」

閉店間際、結さんのお父さんが来店した。

「寛くん、初日お疲れ様。結もお疲れ様。患者さんもとっても喜んでたよ。うちの従業員もお邪魔したみたいだね。一気に病院内が華やかになったよ。ありがとね。お母さんの絵も相まってオシャレになったよ。女性陣に大ウケでね。今まであたりが強かった女性陣が僕に対して優しくなったよ。」

「そうなんですか。結さんのおかげですね。」

太鼓持ちのつもりで言ったのだがお父さんは、

「そうなんだよ!!ありがとう結。」

簡単に真に受けてくれた。心なしか結さんの顔が赤かった。褒められることに慣れていないのだろうか。ここまではっきりと褒められると照れるのも無理はないか。しかも、自分がいる時に目の前でとなるとなおさら。

「花の請求は振込でお願い。この金額現金だと面倒だから。」

「わかったわかった。それより、寛くん結の働きぶりはどうだったかな?」

こう言ったことは本人がいないところでするのではないのかと疑問に思ったが、お父さんの目がキラキラしているので答えるしかないか。

「ええっと、、、、」

「お父さん!!やめて!!」

結さんに止められ、お父さんがシュンとしてしまった。明らかにこの家のパワーバランスは圧倒的に娘に傾いているようだ。お父さんは結さんのことを溺愛しすぎているように思える。ここまで綺麗な娘だと分からなくもないが。恥ずかしがる結衣さんも新鮮だ。いつもはかなりそっけない態度しかとらない人の意外な一面を見た。

「まあ、とにかくお疲れ様。今日はもう終わっていいよ。あとはお父さんに余計なこと言わないこと。面倒だから。」

「そんなこと言わんでくれよ結。寂しいじゃないか。」

「まあまあ。こう言った話は結さんの前ではやめましょう。当の本人は恥ずかしいらしいですし。」

ニヤニヤしていると、寒気を感じた。すごい目で結さんが見てくる。殺されるんじゃないか。

「はい。さっさと帰る帰る。明日もあるんだから、初日の疲れを残さない。くだらない話するくらいならさっさと寝ろ。」

「りょっ了解しました。お疲れ様です!!」

ここは早急に逃げた方が良さそうだ。すみませんお父さん。ここは任せます。すぐに帰る準備をして店を出た。このあとのお父さんがどうなったのかは知らない。

帰り道母さんから連絡があり、おつかいを頼まれた。というより、作るのは自分なので、これが食べたいという要求だけの連絡だったため足りないものの買い出しに行かなければいけない。うちの家は朝母さんが作り、夜は自分が作ることになっている。母さんの料理は単にパンを焼いて、目玉焼きを作るくらいだ。ご飯の場合は自分が前日に下処理をしておく必要がある。母さんの仕事柄、夜遅くまでかかったり、集中していたりすると時間を忘れて絵を描いてることがある。仕方ないかもしれないことだが、もう少し手伝ってくれてもいいのに。他にも家族はいるが、今は家にはいない。いたとしても他は包丁を握らせるのが怖いくらいなので結果的に自分が作ることになる。母さんからの要求は豚バラのせいろ蒸しだった。豚バラももやしもない。味のバリエーションがないといけないのでポン酢の他にゴマだれ、あとは味噌ダレなんかどうだろうか。我ながらなかなかのメニューだと思う。

買い物を終え、家に帰る。正直疲れてはいるが作らなければ何も食べるものがない。豚バラには疲労回復の効果もあるので今の自分には最適なメニューでもあった。

「ただいま。母さん、今から作るから。30分後に降りてきて。」

遠くの方ではーいという声が聞こえた。この様子だと絵は描いていないようだ。描いているときは返事すらしない。本人曰く集中していると何も聞こえないらしい。自室でテレビでも見ているのだろう。

食事も終わり、母さんからの評価は上々、満足してもらえたようだ。そして、母さんから今日のことを聞かれる。

「今日はどうだった?今日オープンだったんでしょ?」

「まあ、初日にしてはかなり忙しかったよ。2人ではかなりきつかった。あと、結さんのお父さんに挨拶に行ったよ。母さん俺のこと色々と相談してたみたいだったからかなり話が弾んじゃって開店時に店に行けなかったのよ。」

「そうなの?結ちゃんに迷惑かけなかった?」

「開店したばっかりだったから、あまりお客さん来てなかったみたい。」

「そうそれなら良かった。」

「なんか俺に頼みたいことがあるらしいんだけど、なんか聞いてない?」

「別に聞いてないけど。まああんた色々と使い勝手は良さそうだからね。器用に何でもこなすし。」

「人を便利な機械みたいに、、、」

「まあまあ、あそこの家の人たちはあなたを悪いようにはしないよ?楽しみにして待ってれば?」

「そうなのかな?お姉さんはかなり感じ悪かったけど。」

「そうなの?結ちゃんにしかあったことないから。お父さん曰く、めちゃくちゃ真面目な子ってきてたけど。気のせいじゃない?」

「なんか挨拶に来たんだけど、俺のこと見てない感じで不気味だったんだけど。」

「あんたのこういったやつは結構当たるから嫌なんだよねぇ。」

こんなことを話していると、自分のスマホがなる。

『明日も通常通りにお願い。ゆっくりお休み。』

『わかりました。結さんもゆっくり休んでください。』

特にたわいも無い連絡だった。すると母が、

「あんたわかっているだろうけど、あんまり親しくなりすぎると、大変なことになるからね。女の嫉妬は怖いのよ。」

「わかってるって。節度は守るよ。俺の中で一番大事なのは何なのかわかっているから。」

「なら安心した。そろそろ、帰ってくるから掃除しておかなきゃね。」

「掃除なら少しは手伝ってよ。結構大変なんだから。」

「うーん、考えておく。」

これは絶対に手伝わないパターンのやつだ。即答してくれなければ確実に手伝ってはくれない。

「はぁ、わかったよ。掃除しとく。明日も早いからもう寝るわ。」

「はいはーい。お休みー。」

ゆっくりと風呂に入りながら自分も今日1日を振り返る。濃かった。いろんな人と関わることができたし、こもってた時よりも1日が長い。疲れた。お風呂の中で寝そうになった。もう上がって寝よう。風呂から上がり、11時には寝床に着いた。