「そんなの無理だよって、戦争がなくなるわけないって言う人もいるけど、でも私は、今もどこかで戦争に苦しめられてる人たちがいることが、どうしても我慢できない……もう二度と、あんな悲しいことは、繰り返しちゃいけないから」
 空の果てをまっすぐに見つめる百合の目には、彰さんが映っているのだろう。
 幼かった俺には、彼女のこの眼差しが耐えられなかった。どうしようもなく妬ましかったのだ。こんなにもひたむきに、百合に愛されている彰さんが。
「……今になったら、よく分かるんだけどさ」
 ふっと息をつくと、見なくても分かるくらい情けない表情になった。
「中二のときの俺は、彰さんに嫉妬してたんだ」
 だから、前世のことを知ってつらかった。百合の心の中、奥深くに、忘れられない人がるということが、妬ましくてしかたがなかった。
「それで、百合に想いをぶつけるのが、向き合うのが怖くなって……俺自身よりも、俺の中の彰さんを想ってるんだろうって思って、それが耐えられなかった。だからあんなひどいことを言って、俺は逃げたんだ。俺がガキすぎたせいだ。俺が全部悪いんだよ」
「そんなこと……」
 首を振る百合の言葉を遮って、俺はベンチから立ち上がり彼女の前に立って、深く頭を下げた。
「あのときは、本当にごめんなさい」
 彼女も立ち上がり、ぺこりとおじきをする。
「……こちらこそ」
 少し困ったように、でも笑顔で百合は言ってくれた。
 彼女の笑顔を見るたびに、心がふんわりと温かくなる。今も、こんなに寒い真冬の夜なのに、彼女が笑ってくれるだけでまるで夏の光が射したように世界が明るく、力に満ちて見える。まっすぐで強い眼差しも、純粋で優しい心も、全てが俺にとってはかけがえのない魅力だ。
 好きだなあ、と思った。
 やっぱり、好きだ。めちゃくちゃ好きだ。
 もしも本当に俺が彰さんの生まれ変わりなのだとしたら、きっと彼も同じように、百合のこういう強さや純粋さに惹かれていたんだろう。同じ魂を持っているのなら、絶対にそうだ。
 だって俺は、出会った瞬間に、彼女に惹かれた。抗いがたいほど目を奪われた。
 そして、彼女ことを知れば知るほど、そのきれいな心と純粋さ、そして強さと優しさを知れば知るほど、俺はどんどん心を奪われていった。彰さんもそうだったんだと思う。
 彼のことを知ったとき、本当にすごくショックで、自分でも驚くほど落ち込んだ。前世の自分と百合が出会っていて、彼女が彼に恋をしていたという事実が、重く重くのしかかってきた。
 でも今は全く逆に考えられる。俺と百合は前世から惹かれ合う運命だったのだ。昔のことがなかったらきっと俺たちはあんなふうには出会えなかったし、親しくもならなかったかもしれない。俺たちは前世から続く縁でつながっているのだと、そのことを今は心から嬉しく感じる。
 俺は、魂ごと百合に惹かれたんだ。生まれ変わっても忘れられないくらいに強い彼の想いが、この魂に刻みつけられていたから。
 彰さんが俺を百合に出会わせてくれた。
『ずっと隣にいて守ってやりたい』
『生まれ変わったら一緒になろう』
『絶対に、また君を見つけるから』
 きっと、最期の願いを叶えるために。生まれ変わって百合を見つけて、また出会って、そして今度こそ彼女を最後まで守るために。