「彰のこと、今でも忘れられない。たぶん一生忘れない」
 うん、と俺は頷いた。忘れられるわけがないし、忘れる必要もない。俺が百合への想いをずっと忘れられなかったのと同じで。
 彼女はゆっくりと瞬きをして、「でも」と小さく言った。
「彰のことが好きなのとはまた別の形で、別の意味で、彰と混同してるんじゃなくて、涼自身のことを……」
 一度言葉を止めて、彼女は深く息を吸った。
「……涼が好きだなって思った」
 ああ、先に言われてしまった。俺こそが彼女に言わなくてはいけないことだったのに。
 頭を抱えたい気持ちを必死に抑えて、俺は口を開いた。
「……今日さ、特攻資料館に行ってきたんだ」
 突然話題を変えてしまったせいか、百合は少し驚いたように目を見開いた。
「……彰さんの写真と、手紙を見つけた」
 あ、と百合が小さく叫び、一瞬で泣きそうに崩れた顔で俺を見つめる。
「正直、敵わないなって思った……」
 今度は俺が夜空へ視線を投げた。
「俺たちとそんなに変わらない年の人たちが、死を覚悟して何ヵ月も訓練して、死ぬと分かって飛び立って、自分から敵に飛び込むとか……現代の俺たちには絶対に真似できないし、敵わない」
 そんな覚悟を持てるほど強い人に、俺なんかが勝てるわけがない。彰さんには敵わない。比べ物にもならない。
「俺には、あんなこと、できない……」
 遮るように、百合が言った。
「それでいいんだよ」
 俺は目を瞠って彼女を見つめ返す。
「真似できなくて、敵わなくて、いいんだよ」
 決然とした言葉。できなくていい、と彼女は繰り返した。
「国のために死ぬなんて、死なされるなんて、絶対に真似しちゃいけない。そんなことをさせられなくてすむ私たちはすごく幸せだし、幸せなんだってことを忘れないようにしながらしっかり生きていけばいいんだよ」
 話すうちに、彼女の声は震え始めた。今にも泣いてしまいそうで、反射的に上げてしまった手を、慌てて戻す。
 彼女は星空を見上げ、深呼吸をした。
「あんなのは……二度と、繰り返しちゃいけないから」
「うん……そうだよな」
「だから私は、この世界から戦争をなくしたい」
 迷いのない口調。
 ああ、と息が洩れた。やっぱり百合はすごい。こんな人は他に見たことがない。言葉を交わせば交わすほど、目も心も奪われずにはいられない。