まず目に入ったのは、風になびく長い髪だった。夜の中でも分かるくらい深い黒の髪。
 そして、星明かりの中で少し困ったように微笑んでいる白い顔、大きな瞳。
「あ……」
 うまく声が出ない。
 俺の記憶の中では短かった百合の髪が、背中の真ん中あたりまで伸びている。あの夢の中の姿とそっくりで、鼓動がさらに速まった。
「……久しぶり」
 なんとか声を絞り出した。気まずく別れた相手と六年ぶりに会ってこの台詞かよ、と自分を殴りたくなる。でも百合はにこりと笑って、「久しぶり」と返してくれた。
 あのころよりもずいぶん大人びて、声も少し変わっている。
 でも、その潤んだような瞳も、まっすぐな眼差しも、笑うと目尻が下がって柔らかくなるところも、話すときに小首を傾げる仕草も、全て俺の記憶のまま、少しも変わっていなかった。
「急に連絡したのに、会ってくれてありがとう」
 頭を下げると、「私こそ」と彼女が答える。
「連絡してくれてありがとう」
 俺は言葉に詰まり、目を上げて彼女を見つめた。
 ありがとうと言ってくれるのか。一方的に距離を置いて、そしてまた一方的に距離を詰めようとしてきた俺に。
「ありがとう……」
 情けなくも泣きそうな声で言うと、百合がふふっと笑った。
「きりがないから、これでありがとうは終わりね」
「あ、そうだよな。……あの、座って」
 俺は隣のベンチの砂を軽く手で払って言った。彼女が小さく頷く。
「ありがとう。……あっ」
 しまった、というように片手で口許を押さえる。俺は思わず噴き出した。百合も笑う。
 六年の時間が、一気にどこかへ飛んでいったような気がした。あのころのように二人で笑い合う。空気が緩んで、呼吸が楽になった。
 並んで腰を下ろす。百合がすいと視線を上げて空を見た。星明かりを受けて、その瞳がきらめいているように見える。
 何から話そうかと考えていると、彼女がふとこちらに目を向け、先に口を開いた。
「今もサッカーやってるの?」
「あっ、うん。大学のサッカー部で」
「そっか、涼も大学通ってるんだね」
 百合も同じなんだな、と思いながら頷く。
「学部は?」
「経済学部。サッカーとは関係ないんだけど……」
「いいじゃん、色んな勉強するのはいいことだと思うよ。視野が広がるし」
 百合はさらりと言った。やっぱり大人だ。年齢だけ大人になった俺とは違って、彼女はきちんと時間を積み重ねてきたのだろう。