「加納さんってさ、どんな子なの?」
 ある日俺は、何気ないふうを装って、サッカー部仲間の佑輔と聡太に訊いてみた。
 二人は顔を見合わせて、すこし戸惑ったような表情になる。
「どんな子って………なんか、ちょっと変わってる? って感じ?」
「うん、ちょっとっつうか、かなり?」
「俺、しゃべったことない」
「俺も。てか、男子は誰も話したことないんじゃね?」
「ああ、たぶんな」
 俺は、「ふうん」と頷きながら、やっぱり窓の外で揺れる梢を眺めている加納さんを、ちらりと盗み見た。
 きれいな横顔だな、と思う。額から鼻にかけてのラインが、流れるように滑らかだ。
 薄い唇は、いつも少しだけ尖って、上を向いている。世界に対して、なにか納得できずにいるように。
 加納さんは一体いつも、どんなことを考えているんだろう?
 彼女の纏う独特の澄んだ空気は、ほかのクラスメイトたちとは全く異なるものだ。
 きっと、俺には想像もつかないような難しいことを考えているような気がする。
「つうか、加納ってさ………」
 佑輔が急に声を落とし、噂話をするようにひそひそと言い始めた。
「ちょっと、変な噂、あんだよ」
 佑輔の言葉に、聡太も頷く。
 その様子から、それは、このクラスの誰もが知っているような、広く流れている噂なんだろう、と俺は思った。
 でも、聞きたくなかった。
 俺は興味を失ったふりをして、机の中から教科書を取り出し、整理を始める。
 でも、俺の意に反して、佑輔の話は止まなかった。
「なんかさ、加納って、すげえ不良っつうか、ヤンキーらしくてさ。パパ活とかしてるらしいぞ」
「ん? パパカツって………」
 なに、と訊き返しかけて、気づいた。もしかして、あれか?
 俺は、ため息が出そうなのを必死で抑えた。予想通り、聞きたくもない話だった。
「へえ、ヤンキー? ほんとに? 全然そんなふうには見えないけど」
 俺は表情を変えないように気をつけながら、ただ思ったことを口にしただけ、という感じを装って言った。
 すると聡太が、「たしかに見た目はヤンキーってほどでもないけどさ」と言ってから、ちらりと加納さんを見て、
「でも、先生に対する態度とか、マジでやべえんだぜ? 超反抗的なの、びっくりするくらい」
 と、こそこそ俺に耳打ちした。俺は首を傾げ、
「そう? 普通に静かに授業受けてるイメージだけど。少なくとも、俺がここに来てからは、反抗的なのとか見たことない気がするなあ」
と返す。頭から否定すると感じが悪いだろうかと不安で、我ながら中途半端な言い方になってしまった。
 佑輔と聡太は「そうなんだよ」と首を傾げながら声を揃える。
「最近、急に大人しくっつうか、反抗しなくなったんだよな」
「そうそう、前はすげえ目つきで先生のこと睨んだり、教室出てったりしてたのに」
「クラスの奴らと話すことも全然なかったよな」
「だよな。最近はちょっと女子と喋ったりしてるけど」
 二人の話を総合すると、つまり加納さんは、もともとはすごく反抗的なヤンキーだったけれど、最近は大人しくなった、ということだろうか。
 俺はまた、ちらりと彼女のほうに目を向けた。
 物静かで控えめな雰囲気からは、やみくもに先生に反抗するような荒々しさは全く感じられなかった。
 加納さんに、何があったんだろう? どうして、変わったんだろう?
 加納さんは、いったい、どんな子なんだろう? どんなことを考えているんだろう?
 佑輔と聡太の話を聞いて、俺はそれまでよりもさらに、彼女のことが気になって仕方がなくなってしまった。
 でも、とにかく加納さんは、『孤高』という言葉の似合いすぎる空気をまとっていて、俺は結局、一週間経っても話しかけられずじまいだった。
 それにしても。ときどき彼女が俺のほうをじっと見ているような気がするのは、やっぱり俺の気のせい、自分に都合のよすぎる勘違いだろうか。