今日はこの冬一番の寒さになると、朝のニュースで言っていた。
 寮を出た瞬間、冷えきった空気に包まれて身震いする。
 いつもなら駅までは自転車を使うけれど、昨日はほとんど眠れなくて寝不足な上に、路面が凍結しているようなので、徒歩で向かうことにした。転んで怪我でもしたらサッカーに響くので、ジョギングもやめておく。
 昨夜のうちに行き方は調べておいたので、初めての場所だけれど迷うことなく辿り着けた。
 地図アプリの案内通りに歩いて、〈目的地周辺です〉というナレーションが聞こえてきたとき、大きな看板が目に入った。
〈特攻資料館〉。
 行こうと思えばいつでも行ける距離にあったのに、ずっと避けていた場所。
 俺は深呼吸をして、試合に臨むような気持ちで館内に足を踏み入れた。
 入ってすぐのホールに、錆だらけの古い戦闘機が展示されていた。教科書やテレビで見たことがあるけれど、実物を見たのはもちろん初めてだ。でも、なぜか見たことがあるような気がする。夢に出てきた飛行機に似ているのだ。
 展示室に入ると、壁一面を埋め尽くすように白黒の顔写真が飾られていて、思わず息を呑んだ。
「これ、全部、特攻で死んだ人たち……?」
 こんなにたくさんの若者が、死を覚悟して飛び立ったのか。言葉にならない衝撃だった。
 壁際をゆっくりと歩きながら、一枚ずつ見ていく。
 ふいに『あきら』という文字が目に飛び込んできて、心臓が止まりそうになった。『伊藤晃』という人の名前に、『あきら』とふりがながついている。
 もしかしてこの人が、百合の言っていた『あきら』さんなのだろうか。顔写真を見てみるけれど、ぴんとこない。
 そこからは『あきら』という名前の人を探した。その人の写真がここに飾られているかは分からない。でも、探さずにはいられなかった。
 真ん中あたりまで来たときに、『佐久間彰』という名前を見つけた。目を上げてその顔を見た瞬間、すぐに『この人だ』と思った。なぜかは分からない。直感だ。
 そしてその直感を裏づけるものが、写真に映っていた。
 胸ポケットに挿された、百合の花がふたつ。「あ」と声が出た。
「あなたが、あきらさん……」
 彰さん、百合が恋をした人。
 名前の横に、享年二十と書かれていた。今の俺と同い年だ。
 でも、俺なんか比べ物にならないような凛々しくまっすぐな強さと、穏やかな優しさを感じされる眼差しをしていた。逆立たしたって敵わないと、写真を見ただけで分かる。
 今の俺は、国のために死ねと言われて死ねるだろうか。死ぬ覚悟で戦闘機を操ることができるだろうか。
 この人が俺の前世だなんて、信じられない。百合の話はもちろん信じているけれど、どうしても実感が湧かない。