「涼くん、涼くん。ちょっとこっち来て」
空いたグラスを両手に慌ただしく店内の狭い通路を歩いていると、週一のペースで飲みにくる女性三人組に声をかけられた。
居酒屋の客は常連さんが多く、店員の名前を覚えてフランクに話しかけてくれる人も少なくない。
オーダーか会計かと思って「はい!」とテーブルに向かうと、
「涼くんってさあ、彼女いるの?」
三人が酔いに赤くなった顔を興味津々の様子でこちらへ向けてきた。他のお客さんから何度か聞かれたことがある質問だったので、いつものように笑みを浮かべて軽くあしらう。
「いませんよー。部活ばっかやってるんで忙しくて。そもそもモテませんし」
彼女たちは「うっそだー」と顔を見合わせて笑う。「本当ですよ」と返してキッチンに戻ろうとしたものの、さらに引き止められてしまう。
「じゃあじゃあ、好きな子は?」
図らずも一瞬、動きが止まってしまった。
「……さあ、どうでしょう」
三人がきゃーっと歓声を上げる。俺は曖昧に笑ってごまかし、「失礼します」と会釈して踵を返した。
「あれは絶対いる!」
「いるね! 何年も片想いとかしてそう!」
「ピュアすぎ!」
お酒の入った賑やかな声を背中で聞きながら、何食わぬ顔でキッチンに戻る。
好きな子、という言葉でふっと頭に浮かんだのは、もうずっと会っていない彼女の顔だった。
百合。六年前、中学二年の夏に気まずく別れて以来、まともに話すこともなくなった。高校では進学先が分かれてしまったので、それからずっと顔さえ見ていない。
ただのクラスメイトに戻り、三年ではクラスメイトですらなくなり、高校以降は同級生ですらない。もう会えることはないだろう。
客観的に見れば、完全に過去の人だ。
きっと時間が俺の想いを消してくれて、そのまま彼女のことを忘れるだろうと思った。
でも、俺はいまだに毎日のように彼女のことを思っている。ときどき、考えすぎて眠れなくなるくらいに、どうしようもなく忘れられない。
苦しかった。だから、彼女のことを少しでも意識の中から遠ざけるために、それまで以上にサッカーに打ち込んできた。
それなのに、むしろあの夢を見る頻度はどんどん増えていき、薄れるどころか現実感を増して、彼女の顔をはっきり見ることも、その声を聞くことも、花の香りを嗅ぐことすらできるようになってしまった。あまりにもリアルで、目が覚めたときに自分が『あきら』であるかのような錯覚に陥ってしまい、現実と夢の区別がつかなくて混乱するほどだった。
忘れられるわけがなかった。
でも、俺が自分から離れたのだ。忘れられないとしても、諦めるしかない。
頭では分かっているのに、心は勝手に彼女の姿を求めて、少しでも似た背格好の人を見かけると、おかしいくらいに鼓動が高鳴ったりした。
我ながらあまりにも未練がましく、そしてあまりにも身勝手で、いつも激しい自己嫌悪に襲われた。
空いたグラスを両手に慌ただしく店内の狭い通路を歩いていると、週一のペースで飲みにくる女性三人組に声をかけられた。
居酒屋の客は常連さんが多く、店員の名前を覚えてフランクに話しかけてくれる人も少なくない。
オーダーか会計かと思って「はい!」とテーブルに向かうと、
「涼くんってさあ、彼女いるの?」
三人が酔いに赤くなった顔を興味津々の様子でこちらへ向けてきた。他のお客さんから何度か聞かれたことがある質問だったので、いつものように笑みを浮かべて軽くあしらう。
「いませんよー。部活ばっかやってるんで忙しくて。そもそもモテませんし」
彼女たちは「うっそだー」と顔を見合わせて笑う。「本当ですよ」と返してキッチンに戻ろうとしたものの、さらに引き止められてしまう。
「じゃあじゃあ、好きな子は?」
図らずも一瞬、動きが止まってしまった。
「……さあ、どうでしょう」
三人がきゃーっと歓声を上げる。俺は曖昧に笑ってごまかし、「失礼します」と会釈して踵を返した。
「あれは絶対いる!」
「いるね! 何年も片想いとかしてそう!」
「ピュアすぎ!」
お酒の入った賑やかな声を背中で聞きながら、何食わぬ顔でキッチンに戻る。
好きな子、という言葉でふっと頭に浮かんだのは、もうずっと会っていない彼女の顔だった。
百合。六年前、中学二年の夏に気まずく別れて以来、まともに話すこともなくなった。高校では進学先が分かれてしまったので、それからずっと顔さえ見ていない。
ただのクラスメイトに戻り、三年ではクラスメイトですらなくなり、高校以降は同級生ですらない。もう会えることはないだろう。
客観的に見れば、完全に過去の人だ。
きっと時間が俺の想いを消してくれて、そのまま彼女のことを忘れるだろうと思った。
でも、俺はいまだに毎日のように彼女のことを思っている。ときどき、考えすぎて眠れなくなるくらいに、どうしようもなく忘れられない。
苦しかった。だから、彼女のことを少しでも意識の中から遠ざけるために、それまで以上にサッカーに打ち込んできた。
それなのに、むしろあの夢を見る頻度はどんどん増えていき、薄れるどころか現実感を増して、彼女の顔をはっきり見ることも、その声を聞くことも、花の香りを嗅ぐことすらできるようになってしまった。あまりにもリアルで、目が覚めたときに自分が『あきら』であるかのような錯覚に陥ってしまい、現実と夢の区別がつかなくて混乱するほどだった。
忘れられるわけがなかった。
でも、俺が自分から離れたのだ。忘れられないとしても、諦めるしかない。
頭では分かっているのに、心は勝手に彼女の姿を求めて、少しでも似た背格好の人を見かけると、おかしいくらいに鼓動が高鳴ったりした。
我ながらあまりにも未練がましく、そしてあまりにも身勝手で、いつも激しい自己嫌悪に襲われた。