――大学二年、冬


「おーい、宮原!」
 部活を終えて大学の構内を歩いていたとき、学部の友人に背後から呼ばれた。
 振り向いて足を止めると、小走りで近づいてくる。
「飲み会あるんだけど行く? 九時からだって」
「あーごめん、今からバイトなんだ」
「そっか。お前めちゃくちゃ働いてるよな」
「はは、仕送り少ないからさ」
 なるほど、頑張れよ、と友人は手を振って去っていった。
 よし、と気合いを入れて、トレーニングがてら駆け足で駐輪場に向かう。
 暗くなるまで練習して、へとへとの身体で深夜まで居酒屋のアルバイト。きついといえばきついけれど、自分で決めたことだ。
 親の反対を振り切って自分のわがままで今の大学に通っているので、学費と寮費は出してもらっているものの、食費や光熱費などの生活費と部活に関わる金は全て自分で出すと約束していた。
 授業と部活の合間を縫ってのアルバイトだとなかなかシフトに入れず収入は厳しいけれど、時給の高い居酒屋の深夜シフトなので、節約すればなんとかなる。何より、それもこれもサッカーを続けるためだと思えば、いくらでも頑張れた。
 よほどの天才でもない限り、プロになるという夢を叶えるのには金がかかるのだと、今になって身に染みていた。俺なりにずっとがむしゃらにやってきたけれど、間違っても順風満帆とはいえない平凡なサッカー人生を送っている。
 中学の県大会でチームが準決勝まで進んで、それをきっかけに俺も県選抜に一度だけ選ばれたけれど、だからといってすぐにスカウトが来るなんて夢のまた夢だった。受験の時期を迎えたとき、インターハイにも何度か出場している地元のサッカー強豪校に入ればプロへの道も開けるかと思ったけれど、両親はやっぱりサッカーのことだけを考えて進路を選ぶことにはいい顔をしなかった。私立の高校なので、特待生になれるわけでもない俺は親に金銭的な負担をかけてしまうことになる。色々と悩んだけれど、引退したあとは受験勉強に全力を注いで、無事に近くの進学校に合格できた。
 高三になったとき、指定校推薦で大学に入学した。総理大臣杯やインカレで過去に優勝したこともある、それなりの強豪大だ。運よく一年からレギュラーに入れてもらえているけれど、今のままでは全国大会に出られるかどうかも分からない。それでも俺は、まだプロになるという夢を追い続けている。
 長いことサッカーをやってきたけれど、周りを少し見れば、俺よりも上手い選手はたくさんいた。県選抜の常連でスカウトされてJリーグクラブの下部組織に入り、ユースチームでしっかり成績を出してそのままプロ契約、というエリートコースを歩んでいる選手。中学のころから注目されていて強豪校に入学すると同時にU16日本代表に選ばれ、インターハイや選手権で大活躍、卒業時には複数のクラブが争奪戦を繰り広げた選手。中卒でいきなり海外のクラブに入った化け物みたいな選手もいた。
 そういう同世代を目の当たりにしてきて、悔しさや焦りがないといえば嘘になる。でも、足りない才能は努力で補うしかないのだ。自分にできる最大の努力をして、何がなんでも這い上がってやる、という思いで毎日トレーニングに励んでいる。
 この先どうなるのか分からない。一年後の俺は、それでもサッカーにしがみつく機会や権利を得られているのか、それとも就職活動を始める覚悟を決めているのか。未来はあまりにも不透明だけれど、とにかく今自分にできることを全力でやるだけだ。