改札を出ると、たった一ヶ月ぶりなのに、ずいぶんと懐かしい光景が広がっていた。
 久しぶりだ。嗅ぎなれた海辺の街の空気を胸いっぱいに吸いこんで、俺はぐるりとあたりを見渡した。
「田舎だね」
 百合がそんなことを言う。お世辞もへったくれもない言葉がおかしくて、俺はぷっと噴き出した。
「うん、田舎だよ。コンビニはむちゃくちゃ少ないし、一番近いショッピングモールも車で三十分以上かかるし」
「ふうん……でも、のんびりしてていい街だね」
 おばちゃんたちがゆっくりと行き交っている駅前の古くさい商店街に目を向け、彼女は微笑む。
 そのとき、さっと風が吹いた。
「……でも、なんか、生ぐさい……」
 百合が少し眉をひそめて言う。
「ははっ、だよね。これが海のにおいだよ」
「え……海ってこんなにくさいの?」
「うん、まあ、くさいね」
「あははっ、そっか、くさいんだ。知らなかった……」
 明るく笑う百合の顔が嬉しい。告白のせいで気まずくならなくてよかった。
「あ、においが濃くなってきた」
「うん。五分も歩けば着くよ」
 海へと向かう坂道をしばらく下ると、ぱっと視界が開けて、海が見えてくる。百合が「あ」と小さく声を上げた。
「海だ……」
 坂の頂点で足を止めて海に目を向けた彼女の髪が、潮風に柔らかくなびく。このまま映画になりそうな光景だった。
 それから並んで歩いて砂浜に降りた。
 観光地でも海水浴場でもない海には、ほとんど人がいない。近所の子ども連れが潮干狩りをしていたり、おじさんが堤防で釣りをしたりしているくらいのものだ。
 特に海に来て何をするという目的もない俺たちは、並んで砂の上に腰を下ろし、ぼんやりと海を眺めた。
 夏の真昼の明るい陽射しを受けて、海面がどこまでも白く煌めいている。波も穏やかで、遠くを船がゆっくり横切っていった。
 百合は目を細めて、押し黙ったまま遠くの海を見つめている。
 何を考えているのだろう。もしかしたら、俺の告白にどう返事をするか――というか、どう断ろうかを考えているのかもしれない。
 もう断られる覚悟は決まっていた。いつ、どんな答えをもらっても、俺は受け入れる。
 でも、百合は何も言わない。彼女は優しいから、きっと少しでも俺を傷つけない言い方に頭を悩ませているのだと思う。俺が勝手に告白したせいで、百合に精神的な負担をかけているのが申し訳なかった。
 自分から告白を取り消そうと声を上げかけた、そのときだった。
 彼女がすうっと目を上げ、空の彼方に視線を向けた。俺はつられてそちらに目を向ける。水平線から湧き上がる入道雲。