「本当にいいの? それで。塾なんかより、受験勉強なんかより、今の涼にとって大事なことがあるんじゃないの?」
 胸に深く突き刺さる鋭い言葉。あまりの痛みに、俺は思わず俯いた。
「………だって、しょうがないよ。親の言うことだし。いくら頼んだってどうせ無理だよ……聞く耳持たないって感じでさ」
 情けなく言い訳するような口調になってしまう。
「そりゃ、俺だって、勉強よりもサッカーの練習してたい。でも、父さんが言いたいことの意味も、心配してくれてる気持ちも分かったし……。だから、しょうがないかなって。頑張って両立してくしかないよ」
 ぽつぽつと話すと、黙って聞いていた百合が突然、「何それ」と低く呟くのが聞こえた。
 俺はぱっと顔を上げて百合を見る。彼女はきつく唇を噛み締めていた。
「………しょうがない、って、なに? なんでそんなこと言うの?」
 強い眼差しが、容赦なく俺を射抜く。
 俺は息を呑んで百合を見つめ返した。
「しょうがない、なんて、言い訳だよ。そんな言い訳、しないでよ………。涼はあんなにサッカー頑張ってるじゃん。プロになるんでしょ? それなのに、今無理やり塾に行かされて、受験勉強に時間とられて、本当にいいの? それでいいの? いつか後悔するんじゃないの? あの時もっと練習しておけば、って……」
 無口な百合が、こんなに一気に、まくしたてるように話すのを、初めて聞いた。
「夢を見られるのも、それを叶えるために必死になれるのも、すごく奇跡的なことなんだよ。私たちは、今の日本に生まれたから、好きなことに熱中することができるんだよ。昔の人たちは、戦時中に生きた人たちは、自分の夢も希望も全部諦めなくちゃいけなかった。
好きなこともやりたいことも何一つできなくて、ただ生き抜くことだけ考えるしかなかったの。そして、そんな悲しくてつらい状況を、全部、『仕方ないことだから』って受け入れてたの。食べ物がないことも、着る服がないことも………大事な人の命が失われることさえも」
 百合は苦しげに眉根を寄せた。
 あまりの剣幕に俺は何も言えず、ただ彼女の言葉に耳を傾けている。