第六章 知らなかった真実



「おはよ」
 待ち合わせ場所の駅に立っていた俺を見た瞬間、百合は驚いたように目を丸くした。
「どうしたの、涼……ひどい顔してる」
「いや、うん……。昨日の夜、ちょっと、寝れなくて」
「そうなの? 大丈夫? 具合が悪かったとか?」
 ここで、さらりと「いや、今日のことが楽しみでさ」なんて言えたら格好もつくのに、まだ昨日のショックから立ち直れていない俺は、もごもごと正直に話すことしかできなかった。
「いや、体調は大丈夫。ただ、ちょっと、親とケンカっていうか、ケンカにもならなかったけど………」
「え?」
「サッカーのことで色々言われちゃって、なんかへこんだっていうか、いろいろ考えてたら寝れなくなっちゃって……」
 百合はじっとこちらを見上げている。俺はなんとか笑みを浮かべて、
「………とりあえず、中、入ろうか」
 と駅の改札を指差した。百合は「あ、うん、そうだね」と答えて、鞄から財布を取り出した。
 朝早い時間なので、車内は比較的空いていた。これから三時間、電車に揺られていく。
 俺たちは無言のまま肩を並べて座り、向かいの窓に映る景色を眺めていた。
「……嫌だったら、べつに、いいんだけど」
 ふいに百合が口を開いた。
「よかったら、何があったか話して? ええと、それで楽になるなら、だけど………話したくないなら、何も言わなくていいんだけど」
 不器用ながら気をつかってくれているのだと分かり、俺はくすぐったい気持ちになる。
「いや、うん………聞いてくれるなら、すごく嬉しい」
 俺はそう言って、ゆうべあったことをかいつまんで話した。
 彼女は何も言わずに、ただ窓の外を走り去る景色を見つめながら聞いていた。
「……そっか、そんなことがあったんだ」
 百合は少し目を細めて、やっぱり窓の外を見ている。
 さっきの大きな駅でほとんどの人が降りてしまって、車内はがらがらだ。一番奥の席に、大学生くらいの男の人が乗っているだけで、その人はイヤホンをつけて音楽を聴きながら寝入ってしまったようだった。
 朝の光に照らし出された静かな空間に、がたん、ごとん、と電車の音だけが響いている。
「………それで、涼はなんて答えたの?」
「え?」
「塾に行くように言われて、涼はなんて返したの?」
「………色々反論したんだけどさ、父さんも母さんも全然わかってくれなくて。だから、最後は、もういいやってなって、分かった行くよ、って……」
 百合はふっと視線を俺に向けた。その顔には、なんとも言えない複雑な色が浮かんでいる。
「……なんで?」
 彼女が小さく呟く。
「なんで、そんなこと言ったの? だって、涼は、サッカー選手になるんでしょ? 塾に行ってたら、練習する時間どんどんなくなっちゃうよ?」
 まるで自分の心を見透かされたような言葉で、俺は目を瞠った。