「………なあ、涼。父さんたちは何も、夢を見るなと言っているわけじゃない。お前が頑張っているのは知っている……。でもな、父さんはお前のことが、お前の将来が心配なんだよ。サッカーにばかり夢中になっていたら、いざサッカーを失ったとき、お前がどうなってしまうか。身一つでこの厳しい世の中を生きていけるわけがないだろう? だから、逃げ道として、ちゃんと普通の社会人になる道を用意しておけ、と言っているんだ」
 父さんは言い聞かせるようにそう言ったけど、俺は納得なんて出来なかった。
「なんだよ、逃げ道って………。なんで、挑戦する前から、逃げ道なんて考えないといけないんだよ? 逃げることなんか前提にして考えてたら絶対だめになる、気持ちが弱くなる。だから、逃げ道は塞いで、自分の全部を賭けて努力しないといけないんだろ?」
 これは、俺の憧れのスポーツ選手が言っていた言葉だ。
 最初から逃げることを考えていたら、努力する気持ちが鈍ってしまう。人間は弱い生き物だから、追い詰められると、苦しさに耐えきれなくて、どうしても逃げることを考えたくなる時が来る。
 だから、逃げ道は塞いでおかないといけない。自分にはこの道しかないのだと、前だけを見つめて、脇見をせずに、全身全霊をかけて、それに挑まないといけない。
 俺はその言葉にすごく胸を打たれたのだ。それ以来ずっと、自分を甘やかさずに、逃げることなど考えずに、サッカーだけに全てを賭けてきたつもりだ。
 俺は必死で自分の考えを、気持ちを伝えたつもりだった。でも、父さんと母さんの顔色はちっとも変わらない。
「好きなことだけやっていれば、それは楽しいかも知れないけどな。そんな甘いことばっかり言っていても、現実は厳しいんだ。やりたいことだけやっていても、生きてはいけないんだよ。お前だって、もう中学生なんだから、それくらい分かるだろう?」
「そうよ、涼。お父さんもお母さんもね、あなたのことが憎いから言ってるわけじゃないの。あなたのためを思って言ってるのよ?」
 ――『あなたのためを思って』。ずるい言葉だな、と思う。そんなふうに言われると……子どもは、何も言い返せない。
「……分かったよ」
 俺は溜め息さえ吐き出せないまま、自分の心臓をナイフで刺すような気分で呟いた。
「行けばいいんだろ? でも、サッカーは絶対にやめないから」
 低く言うと、母さんが嬉しそうに笑った。
「じゃあ、明日、さっそく塾に申し込んでおくわね」
 俺は何も言わずに自分の部屋に戻った。