「夏休みの最後に大きな大会もあるんだ。それに向けて今、必死に練習してるし……これ以上サッカーする時間が減ったら、どんどん下手になっちゃうよ」
「………そんなにサッカーばっかりやっていて、将来どうするつもりなんだ」
「母さんにはさっき言ったけど………俺、プロになりたいんだ。だから………」
「プロなんて、そんな簡単になれるわけないだろう!」
 父さんがいきなり怒鳴り声を上げた。俺は気圧されてしまい、言葉を止める。
「社会はなぁ、そんなに甘くないんだ。夢ばっかり見ていて、学歴も資格もスキルもなくて、まともな仕事にも就けずに落ちぶれていく人間が、ごまんといるんだ。お前もそんなふうになるつもりなのか?」
 そんなことは、言われなくたって分かっている。プロになるのがどんなに大変か。才能も実力も運も、全てを兼ね備えた人だけがなれるのだ。それは、普段からサッカーに触れ合っている俺のほうが、父さんや母さんよりもよっぽど理解している。
 それでも、俺はサッカーで食べて行きたいんだ。途方もない夢かも知れないけれど、夢を見て何が悪い?
 俺は百合の言葉を思い出した。
『夢が見れるのって、将来の夢があるのって、すごく幸せなことだよね』
『もしも日本が今みたいじゃなくて……例えば、戦争してる国だったら……。子供たちは夢どころじゃない。生き抜くのに必死で、将来の夢なんて考える暇さえないもん。……だから、当たり前みたいに、夢があるとかないとか言えるのって、本当に幸せなことだと思う』
 そうだ。夢を見られるのは、俺たちの特権。とても幸運で、恵まれたこと。
 世界には、今も、夢さえ見られない子供たちがいる。
だからこそ、俺たちは夢を見て、その夢を叶えるために、諦めずに努力しつづける義務がある。そうすることで誰かに夢を見せることができる。大好きな選手たちが俺に夢や活力を与えてくれたのと同じように。もちろん、俺にその力があるか、プロになれるかは分からないけれど、でも。
「………俺は、サッカーがしたい。もちろんプロになれるかは分からないけど、今ここで諦めたら絶対になれない。でも頑張って続けてたら、もしかしたらなれるかもしれないだろ。今は、一時間でも一分でも長く、サッカーの練習をしていたい。だからーーー塾に行くのは………嫌だ」
 俺はまっすぐに顔を上げて、父さんと母さんをゆっくりと交互に見つめた。
「父さん、母さん、お願いです。俺にサッカーをする時間を下さい。俺、できるかどうかも分からないうちに簡単に夢を諦めたりしたくないんだ。もっともっと練習して、もっともっと上手くなるから……。お願いします」
 俺はテーブルに両手をついて、頭を下げた。親にこんなことをするのなんて、初めてだった。
 リビングに沈黙が流れる。かち、かち、と壁掛け時計の針が進む音だけが聞こえていた。
 母さんは眉根を寄せて唇を噛み、じっと俺を見ている。父さんがはぁ、と息を吐き出した。