*
電話を終えてからいつものように川沿いの道までジョギングをして、河川敷でボールを蹴っていると、いつの間にか4時間ほど経っていた。
夏の午後の川辺は暑くて、ずいぶん汗をかいてしまった。これ以上やったら倒れるかも、と思って練習を切り上げる。
うっすらとオレンジ色に染まり始めた西の空を見ながら家に着くと、キッチンから顔を出した母さんに手招きをされた。
「おかえり、涼」
「ただいま。なに、どうかした?」
「うん………ねぇ、涼。またサッカーしてたの?」
「え? うん、そうだけど」
俺がきょとんとして頷くと、母さんは少し困ったように眉を下げて視線を逸らし、再び俺のほうを見た。
「本当にもう、サッカーばっかりして………部活がない日くらい、家にいて勉強すればいいのに」
そんなことを言われたのは初めてだったので、俺はびっくりして母さんを見た。
「え……? 宿題ならやってるよ、ちゃんと」
「そりゃ、宿題はね。でもねぇ、来年は受験生になるでしょう。宿題だけやってたって足りないんじゃない?」
何を言ってるんだろう、急に。
俺は訳が分からないまま、眉をひそめて「どういうこと?」と訊き返す。母さんは「ちょっと、座って話そうか」と言って、ダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。俺も母さんの向かいに座る。
「あのね………お父さんと話したんだけどね」
「うん」
「それと、パート先で知り合った涼の同級生のお母さんたちとも話したりしてて………」
「うん……」
なぜか言葉を濁す母さんの様子に不安を感じる。「何を話したの?」と先を促すと、母さんは諦めたように話し始めた。
「ねえ、涼。来年受験でしょう? 三年生になってから受験勉強始めたって出遅れちゃうから、みんな二年生の夏から始めるんだって」
「………え?」
「聞いたら、このへんの進学校を目指す子はほとんどみんな塾に行ってて、今年の夏期講習にも通ってるって言うじゃない。学校のお友達もそうでしょう。涼も塾に行ったほうがいいんじゃないの?」
急な話すぎて、俺は言葉も返せずに母さんを見つめ返す。
「お母さんね、ママ友に教えてもらった塾に電話して訊いてみたのよ。そしたら、今からでも夏期講習に参加していいって言ってもらえたの。週に3日だけ、朝から夕方の6時まで。ねえ涼、行ってみない?」
俺は混乱した頭で母さんの言葉を反芻する。
進学、受験、塾、夏期講習。どれも、今まで一度も真剣に考えたことのない言葉だった。
確かにサッカー部のメンバーにも、塾を理由に早退するやつや週三日しか参加しないやつがいるし、遠くの難関塾に通うために部活をやめたやつもいる。だからそういうものなのだろうと思っていた。でも、自分の身に引きつけて考えたことがなかったのだ。
それを急に投げかけられて、理解がついていかない。
でも、これは良くない流れだ、ということだけは分かった。頭のどこかで危険信号が点滅しているのを感じた。
「………ちょっと、待って。俺、そういうの、考えられない。だって、サッカーあるし。朝から夕方まで塾なんか行ってたら、部活いけなくなっちゃうじゃん」
塾に通うなんて、考えたこともなかった。だって俺は、一日でも多く、一時間でも長く、サッカーをしていたいんだ。一日ボールに触らないだけでも落ち着かないのに、週に三日も部活を休まなきゃいけなくなるなんて、考えただけでどうにかなりそうだ。
電話を終えてからいつものように川沿いの道までジョギングをして、河川敷でボールを蹴っていると、いつの間にか4時間ほど経っていた。
夏の午後の川辺は暑くて、ずいぶん汗をかいてしまった。これ以上やったら倒れるかも、と思って練習を切り上げる。
うっすらとオレンジ色に染まり始めた西の空を見ながら家に着くと、キッチンから顔を出した母さんに手招きをされた。
「おかえり、涼」
「ただいま。なに、どうかした?」
「うん………ねぇ、涼。またサッカーしてたの?」
「え? うん、そうだけど」
俺がきょとんとして頷くと、母さんは少し困ったように眉を下げて視線を逸らし、再び俺のほうを見た。
「本当にもう、サッカーばっかりして………部活がない日くらい、家にいて勉強すればいいのに」
そんなことを言われたのは初めてだったので、俺はびっくりして母さんを見た。
「え……? 宿題ならやってるよ、ちゃんと」
「そりゃ、宿題はね。でもねぇ、来年は受験生になるでしょう。宿題だけやってたって足りないんじゃない?」
何を言ってるんだろう、急に。
俺は訳が分からないまま、眉をひそめて「どういうこと?」と訊き返す。母さんは「ちょっと、座って話そうか」と言って、ダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。俺も母さんの向かいに座る。
「あのね………お父さんと話したんだけどね」
「うん」
「それと、パート先で知り合った涼の同級生のお母さんたちとも話したりしてて………」
「うん……」
なぜか言葉を濁す母さんの様子に不安を感じる。「何を話したの?」と先を促すと、母さんは諦めたように話し始めた。
「ねえ、涼。来年受験でしょう? 三年生になってから受験勉強始めたって出遅れちゃうから、みんな二年生の夏から始めるんだって」
「………え?」
「聞いたら、このへんの進学校を目指す子はほとんどみんな塾に行ってて、今年の夏期講習にも通ってるって言うじゃない。学校のお友達もそうでしょう。涼も塾に行ったほうがいいんじゃないの?」
急な話すぎて、俺は言葉も返せずに母さんを見つめ返す。
「お母さんね、ママ友に教えてもらった塾に電話して訊いてみたのよ。そしたら、今からでも夏期講習に参加していいって言ってもらえたの。週に3日だけ、朝から夕方の6時まで。ねえ涼、行ってみない?」
俺は混乱した頭で母さんの言葉を反芻する。
進学、受験、塾、夏期講習。どれも、今まで一度も真剣に考えたことのない言葉だった。
確かにサッカー部のメンバーにも、塾を理由に早退するやつや週三日しか参加しないやつがいるし、遠くの難関塾に通うために部活をやめたやつもいる。だからそういうものなのだろうと思っていた。でも、自分の身に引きつけて考えたことがなかったのだ。
それを急に投げかけられて、理解がついていかない。
でも、これは良くない流れだ、ということだけは分かった。頭のどこかで危険信号が点滅しているのを感じた。
「………ちょっと、待って。俺、そういうの、考えられない。だって、サッカーあるし。朝から夕方まで塾なんか行ってたら、部活いけなくなっちゃうじゃん」
塾に通うなんて、考えたこともなかった。だって俺は、一日でも多く、一時間でも長く、サッカーをしていたいんだ。一日ボールに触らないだけでも落ち着かないのに、週に三日も部活を休まなきゃいけなくなるなんて、考えただけでどうにかなりそうだ。