〈ありがとう。前に住んでたとこの海なんだ。気づいてくれて嬉しい〉
〈そうなんだ。ほんときれい、すごい〉
〈海、好き?〉
〈うん、好きっていうか憧れる。見たことないから〉
「えっ」と思わず一人で驚きの声を上げてしまった。
洗い物の手を止めて「なにか言った?」と問いかけてきた母さんに「なんでもない!」と返して、急いで返信する。
〈海、行ったことないの?〉
〈ないよ。写真とかテレビでしか見たことない〉
確かに、このあたりには海がない。かなり遠出をしなければ、自分の目で海を見ることはできないだろう。
そういえば、彼女の家は母子家庭で、お母さんは昼も夜も働いていると言っていた。どこかに遊びに行くような暇がないのかもしれない。
〈今、電話していい?〉
頭の中にある考えが浮かび、自分の思いつきにかなりどきどきしながら、そんなメッセージを送った。すぐに〈いいよ〉と返信がくる。
やばい、めっちゃどきどきする。サッカーの試合前みたいだ。
急いでリビングを出て、自分の部屋に戻る。そして、大きく深呼吸をして、まだ一度もかけたことのない電話番号をタップした。
『………もしもし?』
百合の声がすぐ耳許で聞こえる。
心臓が胸を突き破ってきそうなほど激しく暴れ回り、ばくばくと音を鳴らしている。
俺は必死に平静を装い、「もしもし、涼です」と言った。
『百合です。どうしたの?』
なんで電話って、いつもと違う声に聞こえるんだろ。囁きかけるように喋る彼女の声が、くすぐったくてたまらない。
「えと、ごめんな、急に電話なんかして」
『いいよ、そんなの。なんか急用?』
「いや、あのさ………」
部屋の中に響く自分の声が、情けなく震えているような気がして、落ち着かない。でも、言わないと。人生最大の一番勝負だ。
俺は一度深く息を吸って、口を開いた。
「………一緒に、海に行きませんか?」
やけに他人行儀な言い方になってしまった。だって、ものすごく緊張しているから。
百合が驚いたように『えっ』と声を上げた。
「俺が住んでた街に行ってさ、一緒に海、見ない?」
もう一度深呼吸をして続ける。返事がない。
ああ、失敗した、色々急ぎすぎたか……と項垂れる直前、彼女が『いつ?』と返してきた。
あっさりと受け入れられて、驚きと嬉しさに頬が緩んでしまう。
「あ、いつでも………」
『じゃあ………今日とか?』
今日って。思わず笑そうになった。そんなに海に行きたいんだ。
「いや、ちょっと遠いから、一日かかっちゃうんだ。今からだと帰りが夜中になるから、……百合がよければ、明日はどう?」
『あ、でも、部活は?』
「今日明日は休みなんだ、先生が出張で。だから、百合の都合がよければ」
『そうなんだ。うん、いいよ。何時にどこで待ち合わせ? 駅に9時とかでいい?』
こんなに矢継ぎ早に喋る百合は初めてだった。そんなに楽しみなんだ、と思うと、すごく微笑ましくて、俺はにやけるのを堪えきれない。
「うん、それでいいよ。電車で3時間くらいはかかるから、覚悟しときなよ?」
『ぜんぜん平気。たった3時間で海が見れるなんて、知らなかった………』
彼女はしみじみと呟いた。
なんだろう………可愛いな。こんな気持ちになったのは初めてだった。
見た目が可愛いとか、そういうのじゃなくて、もちろん顔も可愛いんだけど。なんて言うんだろう………うまく言葉にできないけど、心が可愛いっていうか。
女の子に対してそんなふうに思ったことなんて、一度もなかった。
俺は初めての不思議な感覚に少し戸惑いながら、「じゃあ、また明日」と言って電話を切った。
次に会う約束をして電話を切るって、こんなにわくわくするのか。
明日は何を着て行こう、と思いつつ、俺はクローゼットのドアを開けた。
〈そうなんだ。ほんときれい、すごい〉
〈海、好き?〉
〈うん、好きっていうか憧れる。見たことないから〉
「えっ」と思わず一人で驚きの声を上げてしまった。
洗い物の手を止めて「なにか言った?」と問いかけてきた母さんに「なんでもない!」と返して、急いで返信する。
〈海、行ったことないの?〉
〈ないよ。写真とかテレビでしか見たことない〉
確かに、このあたりには海がない。かなり遠出をしなければ、自分の目で海を見ることはできないだろう。
そういえば、彼女の家は母子家庭で、お母さんは昼も夜も働いていると言っていた。どこかに遊びに行くような暇がないのかもしれない。
〈今、電話していい?〉
頭の中にある考えが浮かび、自分の思いつきにかなりどきどきしながら、そんなメッセージを送った。すぐに〈いいよ〉と返信がくる。
やばい、めっちゃどきどきする。サッカーの試合前みたいだ。
急いでリビングを出て、自分の部屋に戻る。そして、大きく深呼吸をして、まだ一度もかけたことのない電話番号をタップした。
『………もしもし?』
百合の声がすぐ耳許で聞こえる。
心臓が胸を突き破ってきそうなほど激しく暴れ回り、ばくばくと音を鳴らしている。
俺は必死に平静を装い、「もしもし、涼です」と言った。
『百合です。どうしたの?』
なんで電話って、いつもと違う声に聞こえるんだろ。囁きかけるように喋る彼女の声が、くすぐったくてたまらない。
「えと、ごめんな、急に電話なんかして」
『いいよ、そんなの。なんか急用?』
「いや、あのさ………」
部屋の中に響く自分の声が、情けなく震えているような気がして、落ち着かない。でも、言わないと。人生最大の一番勝負だ。
俺は一度深く息を吸って、口を開いた。
「………一緒に、海に行きませんか?」
やけに他人行儀な言い方になってしまった。だって、ものすごく緊張しているから。
百合が驚いたように『えっ』と声を上げた。
「俺が住んでた街に行ってさ、一緒に海、見ない?」
もう一度深呼吸をして続ける。返事がない。
ああ、失敗した、色々急ぎすぎたか……と項垂れる直前、彼女が『いつ?』と返してきた。
あっさりと受け入れられて、驚きと嬉しさに頬が緩んでしまう。
「あ、いつでも………」
『じゃあ………今日とか?』
今日って。思わず笑そうになった。そんなに海に行きたいんだ。
「いや、ちょっと遠いから、一日かかっちゃうんだ。今からだと帰りが夜中になるから、……百合がよければ、明日はどう?」
『あ、でも、部活は?』
「今日明日は休みなんだ、先生が出張で。だから、百合の都合がよければ」
『そうなんだ。うん、いいよ。何時にどこで待ち合わせ? 駅に9時とかでいい?』
こんなに矢継ぎ早に喋る百合は初めてだった。そんなに楽しみなんだ、と思うと、すごく微笑ましくて、俺はにやけるのを堪えきれない。
「うん、それでいいよ。電車で3時間くらいはかかるから、覚悟しときなよ?」
『ぜんぜん平気。たった3時間で海が見れるなんて、知らなかった………』
彼女はしみじみと呟いた。
なんだろう………可愛いな。こんな気持ちになったのは初めてだった。
見た目が可愛いとか、そういうのじゃなくて、もちろん顔も可愛いんだけど。なんて言うんだろう………うまく言葉にできないけど、心が可愛いっていうか。
女の子に対してそんなふうに思ったことなんて、一度もなかった。
俺は初めての不思議な感覚に少し戸惑いながら、「じゃあ、また明日」と言って電話を切った。
次に会う約束をして電話を切るって、こんなにわくわくするのか。
明日は何を着て行こう、と思いつつ、俺はクローゼットのドアを開けた。