「涼、昼ご飯できたよー」
 母さんが一階から呼ぶ声に、俺は「今いく」と返した。
 やりかけの宿題をそのままにして、学習机から離れる。
 ドアの横に置いてあるボールがふと目に入って、身体がうずくような感覚を覚える。今日と明日は、部活が休みだ。
 他の部員たちは喜んで「カラオケ行こうぜ」なんて言っていたけれど、俺は部活のない日が好きではなかった。
 二日もボールを蹴らないなんて、ものすごく落ち着かない。たった一日休んだだけでも、少し体力が落ちて技術的にも下手になってしまうような気がして不安なのに、二日も休みなんてありえない。
 それに、前の中学の先生と違って今の顧問はサッカー未経験者で、練習でも特に指導することはない。それは仕方がないとしても、生徒指導関連の業務でしょっちゅう出張があるらしく、部活が休みになることも多い。
 その影響なのか、部員たちもあまり熱心ではない。県大会なんて夢のまた夢、と最初から諦めている感じだ。
 このままだとどんどん下手になってしまう気がする。それは嫌だ。
 やっぱりクラブチームに入りたい。引っ越し以来ずっと胸に巣食っていた気持ちが、むくむくと膨れ上がる。
 転校が決まったときに、すぐに新しい土地のチームをインターネットで探した。でも、「前から思ってたんだけど、部活があるんだからクラブは行かなくていいんじゃないの? 土日がつぶれちゃうし」と母さんから言われてしまったのだ。
 それきりなあなあになっていたけれど、やっぱり父さんと母さんに相談してみよう。昼飯食ったら、いつもの川沿いの道まで行って、心ゆくまでボールを蹴ろう。
 そんなことを考えながら、俺は階段を降りた。
 母さんと二人でワイドショーを見ながら冷やし中華を食べ終えると、俺はしばらくリビングのソファに座って、さして興味もない昼ドラを何気なく見ていた。
 そのとき、短パンのポケットに入れていたスマホが小さく震えた。見ると、百合からだ。
〈おはよう。いい天気だね〉
 俺はくすりと笑い、
〈今起きたの? もう昼過ぎだけど〉
 と返す。すぐに百合から、
〈いいじゃん、せっかくの休みなんだから〉
 と返ってきた。
 しっかりしていそうな百合でも、朝寝坊することなんてあるんだ、なんて新しい発見をしたような気がして嬉しくなる。
 俺も今日は部活休み、と返して、しばらくラインでやりとりをする。
〈ところで、今さらなんだけど、涼のプロフィール画像、すごくきれいな写真だね〉
 百合が唐突にこんなことを言ってきた。俺は思わず、「よくぞ気づいてくれた!」と指を鳴らしたくなる。
 俺がプロフィール画像として使っているのは、前に住んでいた街の近くにあった海の写真だ。たまたま友達と泳ぎに行ったとき、よく晴れた夏の日で海も空もあまりにもきれいな青だったから、俺は初めて風景写真を撮った。
 それが気に入って、以来ずっとプロフィール画像にしている。でも、それについて感想を言ってくれたのは、百合が初めてだった。