「恩送り、いい考え方だね。私、これから、あの人たちに恩返しできなかったぶん、他の人に優しくする……優しい人になれるように頑張る」
「……加納さんは、充分優しいと思うけど……」
 花瓶事件を思い出しながら、俺はそう言った。
「加納さんは、優しくて、まっすぐで、勇気もあって、すごい人だと思う」
 彼女は両手で涙を拭いながら、ふるふると首を振る。
「全然違うよ、全くそんなことない。私すごく自分勝手だし、ひねくれてるし、甘えてばっかりだった。今は、その人たちのおかげで自分のダメなところに気がつけて、変わろうって頑張ってるところなの」
 少し涙の引いた目を、加納さんは空に向けた。今日もきれいに晴れている。吸い込まれそうな青と、ところどころに清らかな白。
 彼女はいつも空を見ている。学校でも、外でも。よっぽど好きなんだろうな、と思う。空を見上げているとき、いつもどんなことを考えているのだろう。
 私ね、と加納さんが呟いた。
「前はね、別にいつ死んでもいいし、とか思ってたの」
 俺は思わず息を呑む。彼女がそんなふうに投げやりな考えを持っているようには、俺には少しも思えなかった。
 彼女はすっと視線を手もとに落とした。七十年前に、理不尽に命の火を消されてしまった人たちの写真。
「でも、戦争のことを知って……生きたいのに生きることを許されなかった人がたくさんいるって知って、そういうのはやめようって思った。それを教えてくれた人たちに恩返しするために、これから頑張ろうって決めたの」
 うん、と俺は頷く。
「そうだね。そうだよな……」
 うまく言葉にできない。でも、こんなふうに呑気に生きていられる自分は、本当に幸運なんだと、改めて実感した。