しばらく眺めていると、ふいに背後から小さな足音が聞こえてきた。ざり、ざり、と音を立てて、後ろを通り過ぎていく。
 何気なく振り向いて目を向けると、すぐそこに一人の女の子が立っていた。
 視線が静かに絡まり合う。
 時の流れが、止まったような気がした。
「……あ」
 薄く開かれた彼女の唇から、かすかな声が洩れた。
 彼女はなぜか驚いたように目を見開き、俺の顔をじっと見つめている。
 その澄んだ瞳に囚われたように、俺は目が離せなかった。
 くっきりとした二重まぶたの大きな瞳と、白くなめらかな肌、ほんのりと赤い小さな唇、すらりと伸びた首筋。肩のあたりで切りそろえられた癖のないストレートの黒髪は、紺色のスカートといっしょに、ふわりと風に揺れている。
 真っ青な空から燦々と降り注ぐまばゆい夏の光の中で、彼女だけが周囲の風景から浮かび上がっているように、俺には見えた。なんて印象的な子なんだろう。
 なぜか、顔も知らない夢の女の子を思い出した。そんなはずはないのに、『やっと見つけた』と、自分でも意味不明な思いが込み上げてくる。
 思わず魅入られたように彼女を見つめてから、はっと我に返った。
 違う制服の男が、しかも黙り込んでこんなに凝視して、不審に思われかねない。
 せめて何か話さねばという焦りが、内側から口をこじ開けた。
「君、ここの中学の子?」
 校舎のほうを指差しながら問いかけると、彼女はやっぱりどこか呆然としたような表情のまま、こくりと頷いた。
「そっか。何年生?」
「に……二年生」
 囁くような彼女の答えを聞いて、同級生だ、と思い、俺は少し嬉しい気持ちになる。
「じゃあ、同じ学年だ。よかった。俺、来週からここの二年に編入するんだ。よろしく」
 俺は無意識のうちに彼女のほうに手を伸ばした。彼女は目を瞠り、ぱっと片手を上げる。俺はしっかりとその手を捉えた。
 ひんやりと滑らかな感触の手だった。
 そう思いながら、俺はまたしてもはっと我に返る。
 思わず握手なんか求めてしまったけど、知らない女子にいきなり触れるなんて、絶対に怖がられて引かれてしまうに違いない。
 しまった、なんてことを、とひそかに悔やんでいると、ふいに彼女の目がゆったりと細くなった。
 思わぬ表情の変化に驚いて、彼女の顔を観察する。
 薄い唇が一瞬開き、そのあとぎゅっと閉じられて、かすかに歪んだように見えた。
 笑っているような、泣いているような、不思議な顔つきだった。
 一瞬のその表情が、俺の目に焼きついて離れない。
「………よろしくね」
 そう小さく呟いて、彼女は俺の目をじっと見つめ返してきた。
 その瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えながら、俺はこくりと頷いた。