「いい言葉だと思わない? 俺、初めて聞いたとき、すげえ感激したんだ。誰かからもらった優しさを、また他の人に渡す。自分が優しくされたぶん、他の人に優しくする。そうやって恩送りの連鎖ができたら、どんどん優しい世界になっていくだろうなって、なんだか嬉しくなった」
 加納さんがゆっくりと瞬きをしながら、じっと俺を見つめている、少し照れくさいけれど、今だけは絶対に目を逸らしちゃだめだ、と思った。
「だから俺はそれ以来、もちろん恩返しもちゃんとしなきゃいけないけど、恩送りもしようって思うようになった。もしも恩返しができないときは、そのぶん恩送りに力を入れようって」
 たとえば、街ですれ違った人が落としものを拾って渡してくれたとき。もちろんお礼は言うけど、見ず知らずの人なので恩返しはできない。だから、もし他の誰かが落としたものを見つけたら、絶対に見て見ぬふりはしないで、本人か交番に届ける。自転車で走っているときに車が道を譲ってくれたら、俺も同じように誰かに譲る。
 みんながそうやって恩送りをするようになったら、きっとここはもっと平和で優しくて温かい世界になる。
「たぶん、加納さんに親切にしてくれたその人たちは、恩返ししてほしくて優しくしたわけじゃないんじゃないかな。ただ、目の前で困ってる女の子を放っておけなくて、加納さんを助けたいって思って、何も見返りなんて求めずにそうしてくれたんだと思う」
 彼女はまるで瞬きすら忘れたように、大きな目をさらに見開いている。そうかもしれない、と囁くように言う声が聞こえた。
「だから、その人たちは『返して』なんて思ってないよ、きっと。あげっぱなしで満足してると思う。だから加納さんはただありがたく受け取って、今度は他の困ってる人に恩を送ってあげたらいいんじゃないかな」
 突然、彼女の目からぼろぼろと涙が零れ出した。顔がくしゃりと歪んで、子どものような泣き顔になる。
 俺は驚いて「えっ」と立ち上がり、慌てて彼女の隣に回って、でもどうすればいいか分からずにおろおろすることしかできない。
「え、え、加納さん、大丈夫!? ごめん、俺、傷つけること言っちゃった? ごめんな、そんなつもりは本当に全然なかったんだけど……」
「ううん、そうじゃないの。すごく、嬉しくて……ほっとして、涙が……」
 彼女は涙に潤んだ声で途切れ途切れに言った。傷つけてしまったわけではないと知って安堵する。