小学六年生のとき、じいちゃんが倒れて救急車で運ばれたと連絡がきた。父さんたちと三人で急いで病院に行ったけれど、すでに意識はなく、たくさんの管につながれて眠っていた。そのまま一度も目覚めることなく、一週間後に息を引き取ってしまった。
 俺はじいちゃんと最後に交わした会話はなんだっただろうと考えて、でも考えても考えても思い出せなかった。ちょうど倒れる少し前に俺の誕生日があってプレゼントを送ってもらっていて、母さんがお礼をしに行きなさいと言ったのに、直接会って言うのがなんとなく恥ずかしくて、電話だけで簡単にすませてしまった。
 じいちゃんの通夜の最中、それを思い出してものすごく後悔した。会いに行こうと思えばいつでも、いくらでも行けたのに、宿題やサッカーを言い訳にして先送りにしてしまった。もう二度と会えなくなるなんて思ってもみなかった。もっと長生きしてくれると思っていた。あんなふうに突然死んでしまうなんて予想もしていなかった。
 あのときの苦い気持ちが甦ってきて、俺は膝の上できつく拳を握りしめ、ぐっと唇を噛んだ。
 加納さんもきっと同じ気持ちなんだ、と思う。どうにか慰めたくて、励ましたくて、頭の中をかき回して何かないかと必死に探す。
 そして、落ち込んでいる俺の気持ちを浮上させてくれた、ある言葉を思い出した。
「……前の部活の顧問が教えてくれたんだけどさ」
 彼女が顔を上げて、少し訝しげな表情を浮かべる。
 突然全く違う話を始めたように聞こえるのだろうと気がついて、急いで続けた。
「『恩送り』って言葉があるんだって」
「恩送り? 恩返しじゃなくて?」
 彼女が首を傾げる。俺は「そう」と頷いた。
 じいちゃんに可愛がってもらっていたのになんの恩返しもできなかった、と悔やむ俺に、先生が教えてくれたのだ。『恩に報いるっていうのは、何も返すことだけじゃないんだぞ。送ることで報いることもできるんだ』と。
「恩をもらったら、くれた人に返すんじゃなくて、次の人に送るって意味」
「次の人に送る……?」
「そう。もらった恩を、次に送る」
 少しでも分かりやすくしようと、俺は右から受け取り、左へと渡すような動作をしてみせた。
 恩送り、と彼女は繰り返す。確かめるように、噛み締めるように。
 俺は知らず知らずのうちに微笑んでいた。