人混みの中を歩きながら、今日調べたことを簡単に共有して今後の方針を決めようという話になった。
「どこかカフェとかファミレスとか入る?」
「んー、でも、今はどこも混んでるだろうし、長居するのは申し訳ないよな」
「そうだね。じゃあ、公園に行く?」
 加納さんが指差した方向には、百合ヶ丘公園がある。
「あ、いいね。確か屋根のついたテーブルとベンチがあったよな」
「うん。あそこならノートとか本とか広げて話せると思う」
「じゃあ、そうしよう」
 一瞬、図書館に戻ればいいんじゃないかという考えが頭をよぎったけれど、彼女と二人で公園に行くという誘惑に負けて俺は頷いた。
 公園は子ども連れの家族でけっこう混んでいたけれど、昼時を過ぎたからかテーブルは空いていた。
 それぞれのノートを交代して内容を確認する。
「ここは重なってるね」
「加納さんのまとめのほうが詳しいし分かりやすいし、そっちを採用しよう」
「こっちは宮原くんのほうがきれいにまとまってるから採用ね」
「このへんことはもうちょっと調べたほうがよさそうだな」
「それならあの本がいいかも」
 ただ調べ学習をしているだけなのに、彼女とこんなにたくさん話せていること、何時間も一緒に過ごしていることが嬉しくて、俺は自分が妙に浮かれているのを自覚していた。加納さんにばれてないといいけど、と思う。
 話が一段落して休憩していたとき、ふっと甘い香りがして、俺は顔を上げた。風にのって花の香りがする。
 きょろきょろと見回すと、後ろの茂みに百合の花がいくつも咲いていた。濃い緑の中で、真っ白な花が光っているように見える。
 ずっと座っていて固まった身体をほぐすついでに、そちらへ足を伸ばす。しゃがみこんで百合の花の香りを嗅いでいると、かさりと足音がした。振り向くと、加納さんが背後に立っている。
 彼女も同じようにしゃがみ込み、すっと目を閉じて百合の花に顔を近づけた。
「いいにおい」
 俺は「だね」と頷く。甘くて濃厚な、他のどんな花とも違う香りだ。
 そういえば、俺は昔から妙にこの花が好きだった。見た目も、香りも。よく夢に出てくるからだろうか。祖父母の家の仏壇にはよく百合が飾られていて、遊びに行くたびにいつもまじまじと見つめ、さらに花粉がつくほど鼻を近づけて香りを嗅ぐ俺を、両親は呆れたように笑っていた。
「この丘ね、昔は一面に百合の花が咲いてたんだよ」
 加納さんがふと呟いた。
「え、そうなの?」
 俺は首を傾げる。今でもところどころ咲いてはいるけれど、それほど多くはない。芝生広場の周りの茂みや、遊歩道の脇にちらほら姿が見えるだけだ。
「昔って、子どものころ?」
 それほど新しくは見えないけれど、もしかしたらここ数年のうちに作られた公園で、その前はたくさんの百合の花が咲いていたということだろうか。そう思ってたずねると、彼女は首を振った。
「ううん、何十年も前」
「あ、そうなんだ」
 ここに一面の百合の花が咲いているのを、彼女は写真か何かで見たことがあるのだろうか。それはきっと夢のようにきれいな景色だろうな、と想像する。
 子どものころから何度も繰り返し見ている夢。あの夢にも、たくさんの花が咲き誇る風景が出てくる。きらめく星空の下、月明かりを受けて輝く真っ白な百合の花たち。そして、後ろ姿の女の子。