調べ物に没頭しているうちに、いつの間にか三時間ほどが経っていた。
腹が減ったな、と思いつつ何気なく顔を上げると、ちょうど加納さんも目を上げた。
「そろそろ終わりにする?」
「うん……ちょっと腹減ってきた」
彼女はくすりと笑い、「私も」と頷いた。
読み終えた本を書架に戻し、残りの本は受付で貸し出し手続きをしてもらって、俺たちは図書館を出た。
真夏の容赦ない陽射しが、街をくっきりと照らし出している。
夏は好きだ。グラウンドでサッカーをしている時など、容赦なく陽に灼かれていると、まるで日光で消毒されているような、身体中から溢れる汗と一緒に自分の中の汚いものが流れ出していくような、そんな気がする。
「いい天気」
加納さんが真っ青な空を見上げて、目を細めた。それから「あ」とほっそりした指を立てて、空の真ん中を差す。
「飛行機」
俺は彼女の視線の先を追い、青空の真ん中を横切る遠い影を見つけた。
「ほんとだ」
太陽の光を受けて銀色にきらめく機体は、大空を悠々と飛んでいく。繰り返し見る夢をふと思い出した。
きっとあの中には、夏休みを利用してどこかに旅行をする家族たちが乗っているのだろう。
しばらくぼんやりと空を見上げていた彼女が、ふいに振り向いた。
「ごはん、どうする?」
小首を傾げて訊ねられ、俺はどきりとする。この場合、どう答えるのが正解なんだ。「一緒に食べる?」なんていきなり言ったら、引かれるだろうか。「俺は家に飯があるから帰って食べる」とか答えるべき? どうしよう……。
必死に考えを巡らせていると、彼女はちらりと周囲に視線を走らせ、
「あそこでいい?」
と、近くのファストフード店を指差した。驚きのあまり、俺は「へぇっ」と変な声を上げてしまう。
すると彼女ははっとしたように目を見開いて、それから決まりの悪そうな顔になり、「ごめん」と呟いた。
「なんか勝手に一緒に食べる気になってた……」
「いやいやいや、違う違う!」
俺は慌てて手を振る。
「俺こそごめん………そういうことじゃなくてさ」
「え?」
「……あー、えーと、俺なんかと飯食べていいのかなって思って……」
俺の言葉に、加納さんはきょとんとした顔をしてから、ふふっと笑みを洩らした。
「何それ。別にご飯食べるだけだよ」
俺も笑って「だよな」と頷く。
「でも俺、女の子と二人で飯食うのとか、初めてだから……ちょっとびっくりしてさ」
「うん、私も。……ご飯は、初めて。涼以外とは」
彼女は少し眉を下げて、何かを思い出すような、何かを懐かしむような、不思議な表情で言った。その言葉を聞いて、俺は跳び上がりたいほどに嬉しくなった。
そうなんだ、加納さんは他の男と二人で遊んだりしたことがないんだ。そのことがどれほど俺を喜ばせたか、きっと彼女には分からないだろうな。