それにしても、夏休みの直前に転校するなんて、あまりにも中途半端だと思う。
 どうせなら夏休み中にのんびり引っ越しをして、二学期からの転入だったら格好もつくのに。そうしたら、夏休みに開催される最大の大会に、仲間たちと一緒に出ることもできたのに。
 そうは思うものの、親が決めたことだし仕方がない、と俺はため息を吐き出した。
 父さんが「急に県外転勤が決まっちゃって、単身赴任は寂しいから嫌だ」と言うのなら、母さんが「少しでも早めに引っ越して、新しい土地に慣れておきたい」と言うのなら、子どもの俺は従うしかない。
 真新しいサッカーボールを軽く蹴って飛ばして、追いかけるように走りながら、でもやっぱり夏季大会は出たかったな、と俺は心の中で再びため息をついた。
 小さい頃からとにかくサッカーが好きで、見るのもプレイするのも大好きで、ずっと地域のクラブチームに入っていた。
 中学でももちろんサッカー部に所属して、毎日遅くまで泥だらけになって練習していた。
 冬と春の大会では、けっこういいところまで勝ち進んだのだ。
 今年の夏の県大会では、絶対にベスト4に入りたい、とみんなで気合いを入れていた。
 それに、六月の初めに顧問の先生から、
「三年生が引退したら、お前に部長をお願いするつもりだから」
と言われて、俺はこっそり「もっと頑張らないと」と気を引き締めてもいた。
 その矢先に、父さんの転勤が決まったのだ。
 しかも一ヶ月以内に引っ越しを済ませようということになって、俺は七月の半ばに転校することになってしまった。
 期末テストも終わってもうすぐで夏休み、という半端なタイミングで新しい中学に通いはじめるわけだから、きっとみんなから「なんでこんな変な時期に?」と思われるに決まっている。
 まあ、親の仕事の都合、ってやつだし、仕方ないから、いいんだけど。もう何度目かも分からない言葉を、自分に言い聞かせるようにゆっくりと心の中で呟く。
 蹴り飛ばしたボールに追いついて、次はもう少し強めに蹴った。
 川沿いののどかな道を、ぴかぴかと光を反射する真新しいボールが転がっていく。
 このボールは、前の中学の最後の日に、サッカー部の仲間たちがプレゼントしてくれたものだった。
「涼がいないと寂しくなるけど、新しい学校でも頑張れよ」
「いつか全国大会で対戦しよう!」
 一緒に贈ってもらった色紙には、そんなコメントが書かれていた。
 俺らの学年でもダントツに上手くて、俺とはライバル関係にあった大地は、あとでこっそり俺のところにやってきて、
「いつかJリーグで会おうぜ!」
 なんてビックマウスなことを言った。俺は思わず噴き出してしまったけれど、
「もちろん!」
 と笑いながら大地の肩を殴ってやった。
 そうやって俺は、新しい土地に引っ越してきた。
 前に住んでいた県から特急電車で三時間、中学生にとってはまるで違う国のように思える遥か遠くのこの土地に。
 前の学校の友達とはそうそう会えなくなったんだな、と思うと、もうちょっとちゃんとした別れの言葉とか交わしてくればよかった、なんてガラにもなく思った。なんとなく照れくさくて、「じゃあまたな」と笑顔で手を振り、さらりと別れてしまったから。
 ボールを抱えてふうっと息を吐き出したとき、バッグの中で電子音が鳴った。携帯電話を取り出し、画面を確認する。
〈涼、今どこ? あと何分くらいかかりそう?〉
 母さんからのメッセージだ。俺は〈たぶんあと十分もかからないと思う〉と返信した。
 これから転校先の中学に挨拶に行くことになっていた。母さんは一緒に車で行こうと言ったけれど、昨日は一日がかりで引っ越しをしたので身体を動かせていなかったから、俺はジョギングも兼ねて徒歩で行くことにした。
 川から離れて少しすると、学生服の集団がぞろぞろとこっちに向かってくるのが見えた。
 男子は白シャツに紺色のズボンで、女子は青っぽいセーラー服。みんな濃い青色の補助バッグを肩にかけている。たぶん、新しい学校の生徒たちだ。
 俺は無意識のうちに自分の服を見下ろした。薄いベージュのシャツと、茶系の細かいチェックのズボン。ちなみに冬は焦茶色のブレザーだった。
 同じ年頃の人間たちの中で、自分ひとりだけが違う制服を着ている。どうにも居心地が悪い。
 少し俯きがちになりながら、見慣れない制服の人波の中を逆行するように進んでいくと、学校が見えてきた。ボールをリュックの中にしまって、校門のほうへと歩いていく。
 途中、学校の敷地をぐるりと取り囲む植木の隙間からグラウンドが見えて、思わず足を止めて覗き込んだ。帰宅する生徒の行列はもう途切れ途切れになっていた。
 けっこうきれいな学校だ。グラウンドも広い。いくつもの部が互いの動きを邪魔することなく悠々と練習している。
 前の中学のグラウンドは狭くて、野球部とサッカー部が同時に練習するとぶつかったりしていたので、ここはのびのび練習できそうだな、と俺は嬉しくなった。我ながら現金だと思うけれど、突然の転校に対する憂鬱さが一気に軽減した。