「空襲がどんどんひどくなっていった。毎日のようにアメリカの爆撃機が飛んで来て、都市部が次々に攻撃されて、数え切れないほどの命が奪われていく。国民も少しずつ危機感を覚えはじめた。軍部は何とか戦況を挽回しようとして、焦ってた。でも、アメリカは圧倒的に物資が豊かで、日本はもう資金もなくて、武器も戦闘機も満足には作れない。
正攻法では勝てそうにない。だから………特攻作戦が考えられた」
彼女は、まるで体験してきたかのように語る。苦痛に歪んだ表情に、俺まで息苦しくなってきた。
空襲の映像は、テレビで放送されたのを何度も見たことがある。街も人も焼かれて、たくさんの生活があったはずの場所が、ただの焼け野原に変わっていったのだ。
「特攻隊は、片道だけの燃料と、爆弾だけを積んで、次々に飛び立っていった。体当たりすることで的中率が上がるって、軍部は考えてた。実際にはほとんどが失敗したって言われてるけど………。でも、日本には、それ以外に勝つ道はないって思い込んでた」
淡々と語られる彼女の言葉。でも、その中には、隠しようもない悲しみと苦しみが含まれていた。
「特攻隊員たちは、出撃の命令を受けて、家族と別れを惜しむ暇もなく飛び立って、南の海に散っていったの。……信じられる? 出撃命令って、ほんの数日前に出されてたんだよ? 故郷に帰って家族にも愛する人にも会うことさえ出来ない。家族のもとには遺書だけが届けられて、そのころにはもう、彼らはこの世にいないの。そんなのって、ないよね………」
加納さんはゆっくりと視線を戻して、じっと俺を見つめる。
こんなにも真っ直ぐに人を見る瞳を、俺は知らない。
窓から射し込む陽の光を受けて、彼女の目が薄茶色に透けていた。
その瞳が、ゆらゆらと揺れている。心なしか、目の縁が淡い赤にほんのりと染まっている。
涙が滲んでいるのだ、と俺は気づいた。その瞬間。
「ーーー泣かないで」
俺は、ほとんど反射的に、加納さんの手を握っていた。
彼女の泣き顔を見た途端、頭が真っ白になった感じがして、自分の意志とは無関係に、なんとかして彼女の涙を止めないと、という思いで頭がいっぱいになってしまったのだ。
ひゅ、と彼女が息を呑む音がして、それで俺は唐突に我に返る。
さらさらとして滑らかな白い手。それを握りしめた手のひらが、今にも汗ばんできそうだ。
心臓が口から飛び出そうなくらい、どきどきしていた。